一時期は名目GDP(米ドルベース)がアメリカに次ぎ、世界2位だった日本。製造業では、世界シェア1位のものも多数あり、名実ともに先進国であった。しかし、GDPは世界4位(2026年現在)に後退。製造業も他国にどんどんシェアを奪われ、衰退傾向にある。日本がかつての栄光を取り戻すためには、イノベーションを起こす必要があるだろう。そのためには、研究能力と経営能力を併せ持つ人材が必要で、両分野をバランスよく学べるMOT(Management of Technology)取得者は注目を集めそうだ。優秀なMOT取得者の育成を目指す東京農工大学大学院「産業技術専攻」で副専攻⻑を務める林⽥英樹教授に話を聞いた。

 

15年間で大きく変化した日本の産業国際競争力。かつては自動車と部材・装置が強かったが、現在は自動車への依存度が高まっている。濃紺色は競争力を失ったエレクトロニクス系部材、薄緑色は競争力が低下した部材産業。

低下しつつある日本の国際競争力

 『ジャパン・アズ・ナンバーワン(Japan as Number One)』、社会学者エズラ・ヴォーゲルが戦後の日本経済の高度経済成長を分析し、アメリカも学ばなければならないと評価した世界のベストセラーになった本で、1979年に発行された。原書を読んだことがなくても、タイトルは聞いたことがある人は多いだろう。当時、日本は世界で注目を集め、企業の時価総額ランキングでは、たくさんの日本企業が上位にランクインした。ところが、20世紀後半あたりから、少しずつ衰退がはじまり、そのスピードは加速している感もある。

「2006年と2022年の産業別の世界シェアを比較すると、日本の産業国際競争力が大きく落ち込んでしまったことが分かります。かつて一定のシェアを持っていた家電や家電向けの半導体、電子部品関係が大きく減ってしまいました。競争力があるのは、唯一自動車ぐらいと言ってもいいでしょう」

 日本がかつて栄光を極めていた産業は、アメリカ、中国、韓国などにどんどん移行してしまった。日本が今も頑張っている自動車産業もEV(電気自動車)の普及など、大きな動きが起きようとしている時代に入っており、自動車があるから安泰とは言えない。

 シェアを奪われてしまった背景には、優秀な人材を世界に流出させてしまったり、JTC(Japanese Traditional Company)と呼ばれる日本型伝統企業に多く見られる決断が遅い、リスクを取らない、責任を取らないなどの悪い部分が出て、海外企業に奪われてしまったことが大きいと林田教授は分析する。

日本の産業を盛り返すためには

 どんな商品でも売れる商品を作るのは難しい。経営学では、新商品を作ったり、イノベーションを起こすためには、3つの障壁があると言われている。「魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」だ。研究開発で「おっ」と思われた技術も製品化まで至るのは少数で、実際に商品化できるのはさらに絞られる。商品化できたとしてもそれがヒットするかはさらに厳しい。販売方法や生産の難易度により、高性能のほうが負けることは多々ある。そのため、技術と経営の両方の知識や技術を持った人が求められる。

 これらの力を大学院で学び、修了後に受け取れるのが、MOT(Management of Technology)やMBA(Master of Business Administration)などの学位だ。両学位は似ているが、研究開発から事業化までを重視しているのがMOTで、事業化や産業化にあたって戦略・組織・財務などを重点的に学ぶのが、MBAになる。両学位の差は、上下の差ではなく、視点の違いだ。ただ、日本の大学全体としては、MBAが修得できる大学院のほうが多い。

社会人だけでなく学部新卒でも入学できる専門職大学院

 専門職大学院では、社会人学生のみを受け入れているのが通常なのだが、東京農工大学大学院工学府産業技術専攻は、国内で唯一、社会人と学部新卒(他大学からの進学も可)がともに学ぶ大学院になる。

「若い研究者にとって、自分が研究や開発しているものが、どのように使われているのか、どのような可能性があるのかなどが見えにくい。誰かに相談しても、せいぜい数歳上の先輩で、彼らも若手なのでうまく説明できません。ところが、社会人経験が20年とか、30年ある同級生に聞けば、それが実体験とともに教えてもらえるケースがあります」

 また、就職試験などでも、他の一般的な大学院卒の学生と比べ、専門職大学院出身者は、企業から一目置かれる場合が多い。研究部分だけでなく、生産に必要なコスト面など、事業を多角的な視点で見ることができる力や、さまざまな世代の人たちと学んできた経験は、自分のアピールポイントになりそうだ。

 30代から50代まで幅広い世代が履修する社会人学生にとっても、若い人たちと学ぶことは大きな刺激になっているという。

「若手と話すことで会社のマネジメントをしていく上で役に立っていると聞きますね。社内に若い部下がいても、ヒエラルキーがあるので、フランクな話をすることは難しいですから」

 工学府産業技術専攻では、生命、化学、機械、情報工学の4つの研究領域から「講義科目」と「プロジェクト研究」の2段階のカリキュラムを体系的に履修する。「講義科目」では、技術経営の基礎となる基盤科目群のほか、マネジメント科目群や新規事業開発を行う上で必要なイノベーション科目群を学ぶ。
「プロジェクト研究」には、応用開発研究と技術マネジメント、および実務家教員の指導の下で新規事業の立ち上げを目指すビジネストライアルの3種類があり、入学時に研究分野を決定

 

 一方、「プロジェクト研究」では、⾃社または、⾃らの課題を持ち込み、根拠を集め、提案を磨く。学生にとっては、いま正に自分が取り組んでいるホットなテーマを研究対象にできるので、やりがいは大きそうだ。会社のコンプライアンス等によりオープンにはできないが、研究として取り組みたい学生には、抽象化したデータに差し替えたり、発表する相手を指導教員のみに絞るなどの対策や配慮を行い、研究を認める。

2027年度からは、1年半で卒業できるプログラムを新設

 講義は平日夜(18時15分~21時30分)および、土曜に行うなど、社会人学生にも配慮されたカリキュラムになっている。平日はオンライン、土曜は対面を原則とするが、学生が出張などで出席できない場合はオンライン参加も認めるなど、柔軟に行っている。

 2027年度入学生からは、1年半で卒業できる「技術マネジメントプログラム」を新設する。

「2年から1年半にすることで、時間的にも、学費的にも学びやすくなると思います。国立大学ということもあり、1年半トータルの費用は約128万円。恐らく世界一安く資格が取れます。しかも教育訓練給付金を受給すれば、約80万円に抑えることも可能です」

 講師陣には、研究者教員のほか、企業で新規事業のマネジメント経験などを持つ実務家教員も集めた。ちなみに起業志望者などもう少し深く学びたい人や新卒学生向けには、2年間の「ビジネストライアルプログラム」もある。どちらのプログラムを選んでも、優れた環境のなか、1年半(あるいは2年)で充実した日々を過ごせそうだ。

「私は昭和電工(現レゾナック) でLEDの事業開発をやっていました。その後、DSMエンジニアリングプラスチックス(現エンバリオ社)などでも事業部長を務め、三井化学のベンチャーキャピタルで半導体材料開発をしたこともあります。私が関与するLED事業が注目を浴びている時期は、世界中をぐるぐる回って、50日ぐらいしか日本の自宅に帰れない年もありました。時差があるので、日本の夜でもニューヨークでは昼なので、同僚や部下に連絡したり、寝るのが惜しく、仕事ってこんなに面白いのかと実感した時期でもありました。(ワークライフバランスが叫ばれる時代ではありますが)学生の皆さんには、やらされ仕事ではなく、楽しくて仕方がないというような仕事を見つけて、没頭する経験をしてほしいと思っています」

 過去の卒業生には、起業したり、⾃動⾞部品メーカーのR&Dマネジャーになったり、バイオベンチャーのCOOに転職したり、大学院での学びを活かし、さまざまな分野で活躍している。1年半、あるいは2年、大変なこともあるかもしれないが、挑戦する価値はありそうだ。

説明会や入試のスケジュール
「一人でも多くの社会人や若い世代の方々に当専攻を知っていただき、新しい挑戦へのきっかけにしてほしい」と語る林田教授。 東京農工大学大学院「産業技術専攻」では、試説明会や実際の雰囲気を体験できる講義公開を随時開催している。

10月24日(土曜日)12:05-12:55 実務家教員による相談会及び、講義公開
11月07日(土曜日)12:05-12:55 オンラインのみでの入試説明会
12月06日(日曜日) 第2回入試
01月09日(土曜日)12:05-12:55 オンラインのみでの入試説明会
02月27日(土曜日) 第3回入試

申込方法・参加方法
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSdiVKDeWBbZsN8e0bJoTM09EmZ3wW57hwgx3LwYRdhY0NqEoQ/viewform?usp=publish-editor
参加申込みは前々日18:00迄

 

東京農工大学大学院 工学府 産業技術専攻(MOT) 教授 / 副専攻長

林田 英樹(はやしだ ひでき)

昭和電工(現・レゾナック)にて化合物半導体(LED)の事業開発や新規事業立ち上げに従事。その後、外資系化学メーカー(DSMエンジニアリングプラスチックス等)にて事業部長、三井化学のベンチャーキャピタル部門にて半導体材料等の事業化・ベンチャー投資支援に携わるなど、企業での長年にわたる実践的な技術経営および新規事業マネジメント経験を有する。現在は東京農工大学大学院工学府産業技術専攻にて副専攻長および実務家教員を務め、研究開発成果の事業化(イノベーション創出)を担うイノベーション人材やMOT(技術経営)人材の育成に力を注いでいる。一般社団法人Respect Beyond Borders Joint Representativeなども務める。

 

東京農工大学

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東京農工大学は、農学部と工学部からなる国立科学技術系大学。自由と多様性を尊重した学びと実践によって科学的探究を深化し学生の創造力と好奇心に火をつけ、科学テクノロジーおよび事業の世界で活躍するための能力を育成しています。持続可能な社会の構築を実現する新たな考えや[…]

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