社会人にも学びの場を提供している武蔵野大学大学院通信教育部。多彩な専攻のなかで、今回注目するのが人間社会研究科人間学専攻だ。人や社会について理解を深められる専攻で、カリキュラムには心理領域の科目も含まれている。心理学とはひと味違う「人間学」という分野では、人の心についてどのように学べるのだろうか。人間学専攻で心理領域の科目を担当している淺野敬子講師と、同専攻修士課程の月川涼子さんに伺った。

なぜ今、人の心を知る必要があるのか。人間学専攻ならではの多角的な学び
近年、社会全体でメンタルヘルスへの関心が高まり、職場や自治体での支援制度も整いつつある。しかし、ハラスメントやDV、いじめ、虐待、性暴力といった深刻な問題は絶えず、傷ついた人々への支援は未だ十分とはいえない。このような状況だからこそ「人の心をより深く理解するための学び」が必要だと、淺野講師は語った。
「メンタルヘルスの大切さは社会で広く認知され、法律や制度の導入も進んできましたが、それだけでは不十分です。制度を整えるだけでなく、一人ひとりがメンタルヘルスについて本質的な理解を深めていくことこそが重要であり、まだまだ開拓していくべき余地が残されていると感じています。
また、SNSやAIが普及する一方で、効率を重視した機械的で表面的なコミュニケーションが増え、葛藤や複雑なやりとりを避ける傾向が強まってきました。『衝突が起きないことこそスマートだ』と捉えられ、深く関わる議論や感情の共有が後回しになっている点も、大きな課題の一つではないでしょうか」(淺野講師)
心を深く理解し支えるためには、人々を取り巻く環境も知る必要がある、と考えている淺野講師。法律や倫理、さらにはスピリチュアルに至るまで、多様な領域が複雑に絡み合いながら人の心に影響を与えているからだ。
こうした背景もあり、人間学専攻には、宗教・思想、保健・福祉、心理といった複数の分野の科目が設置されている。人の心について多面的に理解を深められるカリキュラムだ。
「社会や対人援助の現場で実際に起きている複雑な問題には、心理学のエビデンスだけでアプローチしきれない側面がたくさんあります。人々の抱える問題をより本質的に理解し支えていくためには、宗教・思想、社会福祉、教育、法律といった多彩な視点が大きな助けとなるでしょう」(淺野講師)

現場での経験が、学びの入口に。支援する側にも目を向けた研究
修士課程に在籍中の月川さんは社会人になってからキャリアコンサルタントの資格を取得し、2013年から相談員として働いている。もともとはキャリアに関する知見を深めようと思っていた月川さんだが、父親の他界を機に、「キャリアだけでなくより広い視点で人生を考えたい」と感じるようになった。
「喪失感を経験したことで、人生はいつ終わりが来るかわからないのだから後悔しない選択をしたい、と思うようになりました。子育てや両親との同居が一段落つき、以前より時間の余裕も生まれて。いつか大学院で学びたい、と思っていた気持ちが再燃しました。悩んでいた時間は長かったものの、『今だ!』と感じてからは行動が早かったです」(月川さん)
月川さんは静岡県在住のため、進学先は通信制であることが必須条件。さらに「キャリアや人間、社会について広く学べるところがいい」という希望を踏まえて、武蔵野大学大学院通信教育部の人間学専攻への進学を決めた。
現在は修士論文に相当する「特定課題研究演習」に取り組んでいる月川さん。テーマは、「DV・虐待相談員のワークエンゲージメントについて」で、相談員としての自身の経験が反映されているという。
「数年前に自治体の女性相談支援員として働いていたとき、怒りにも似た問題意識を感じました。それは私ひとりの問題ではなく、相談員のメンタルヘルスや、それを取り巻く組織の仕組み、社会の制度などにも原因がありそうだと気づいて。相談員は、相談者さんのメンタルヘルスにいつも気を遣っている立場なので、自分たちのことは後回しになってしまいます。そういう側面に、もう少し日が当たってもいいのではないかと思いました」(月川さん)
「現場を経験している方の研究では、支援の困難さやバーンアウト(燃え尽き症候群)といったネガティブな側面に焦点が当たりがちです。しかし月川さんは、『決して待遇が良いとは言えず大変な仕事であるにもかかわらず、なぜ相談員を続ける人が多いのか』という疑問を出発点に、相談者との心の交流や現場で得られるやりがいといったポジティブな側面に注目されました。現場の実感から生まれたその研究の問いを聞いたとき、私は『ぜひそれをカタチにしてほしい』と伝えました」(淺野講師)
研究は、月川さんがこれまで歩んできた人生を振り返る機会にもなっている。
「私自身も女性相談員を辞めたときは、自分の何がいけなかったんだろうと、思い悩みました。でも、嫌なことだけではなく、情熱を持って取り組んでいた部分もたしかにあって。研究に取り組むなかで、そうした側面を思い出せました。相談員はただつらい経験をして辞めていくわけではありません。今後はそれを自分のなかで言語化したり、研修などの形で伝えたりできたらいいのかな、と思っています」(月川さん)

仕事と学びを行き来しながら理解を深められる。社会人大学院の長所
メンタルヘルスについては、研究だけでなくスクーリング授業でも理解を深められる。たとえば淺野講師が担当している「メンタルヘルス特論」。本科目で扱うテーマは多岐にわたり、精神疾患、がん患者や労働者のメンタルヘルス、女性のメンタルヘルスやトラウマケア、相手を尊重しながら自分の思いを表現する「アサーション」とメンタルヘルス、など。授業では、これらの多彩な観点における最新の研究事例やエビデンスが紹介され、教員と院生による活発な議論やレポート執筆を通して学びを深めていく。
「授業では私がメンタルヘルスの研究データ(エビデンス)を紹介し、それをもとにディスカッションを行っています。多様な背景を持つ院生が集まるからこそ、研究結果の捉え方一つをとっても一人ひとり異なり、『そういう見方もあるのか』とそこから新たな議論が広がっていきます。 また、提示した研究結果を自身の現場で感じた実感や事例と照らし合わせて共有してくれたり、学んだ知見をそのまま現場での実践に活かそうとしてくれたりする姿勢も印象的です。社会人を経験すると視点が固定化されがちですが、授業を通して『そうではない世界がある』と多角的に学べることこそ本学大学院の魅力です。多くの視点に触れ、柔軟かつ立体的に物事を捉える力を養っていただきたいです」(淺野講師)
院生は大学時代に心理学を学んでいた人だけではない。月川さんも大学時代は社会学を専攻していた。ほかにも看護師などの医療従事者や介護職、学校教員、会社経営者や個人事業主など多様なバックグラウンドを持つ院生がおり、それぞれの現場や専門領域と紐付けながら議論が展開されていく。
「院生のみなさんは、日々の仕事や対人援助の現場で感じた違和感やリアルな課題意識を持って入学してきます。その『なぜ?』という現場の問いこそが、最も価値のある研究の原石です。大学院での学びや研究とは、そうした自らの実践や人生経験を体系的な理論と照らし合わせ、学問的な探究へと昇華させていくプロセスにほかなりません。現場の疑問に誠実に向き合い、客観視する経験は、これからの実践をより豊かに発展させていく大きな力になるはずです」(淺野講師)
「仕事と学びを行き来して理解を深めたい、というのは入学前から意識していた点です。以前受講した社会心理学の授業は、そのとき抱えていた仕事の悩みとダイレクトに結びついていました。仕事と学びはつながっている、という感覚がさらに強まっています」(月川さん)

思い立ったときが入学のタイミング。一歩外に出た挑戦を
最後に読者へのメッセージを伺うと、両者に共通していたのは「迷っているなら挑戦してほしい」という点。不安はあるかもしれないが、思い立ったら行動に移していいと、背中を押した。
「悩んでいるときはどうしても視野が狭くなってしまいます。しかし一歩外に出ると、そこに答えがあるかもしれません。人間学には多様な切り口がありますし、ヒントもたくさん得られるでしょう。そのヒントを持って自分の生活に戻ると、解決までの道のりが早くなるはずです。ぜひ一歩外に出ていただければと思います」(月川さん)
「私自身、トラウマケアや被害者支援に携わるなかで学際的な視点を養ってきました。本学大学院もそうした多角的な視野を養える場であり、様々な背景を持つ院生が集うからこそ、豊かな議論を通して学びを各自の実践や生き方に還元していくことができます。研究を進めることは容易なことではありませんが、目の前の社会課題に向き合い解決を目指すプロセスは、本学が掲げる『世界の幸せをカタチにする』の実現にもつながります。皆さんの挑戦を心から応援しています」(淺野講師)

武蔵野大学大学院通信教育部 人間社会研究科人間学専攻
淺野敬子講師
慶應義塾大学法学部法律学科卒。社会人になってから武蔵野大学通信教育部に編入学。2016年に武蔵野大学大学院人間社会研究科人間学専攻博士後期課程を修了した。専門は臨床心理学で、臨床心理士、公認心理師として被害者支援、トラウマケアに関する研究と臨床を行う。

月川涼子さん
企業での人材コーディネーターや店舗責任者などを経験したのち、2013年よりキャリアコンサルタントとして勤務。2023年11月に武蔵野大学大学院通信教育部を受験し、現在は人間学専攻修士課程3年目。

