そもそも女子はタテよりもヨコの人間関係を大切にする。総長も相互応答性と言われたが、お互いに認め合う中で、一緒に頑張ろうという関係性を作っていく。本校では、これを軸に社会を変革していけるような女性をできる限りたくさん送り出したいと考えている。東京にあるため、京都大学より東京大学の方が志望者はやや多いが、コアな京都大学ファンも多い。男社会そのままのタテの関係性を大切にする大学よりも、女性の特質を活かし、ヨコの関係性を大切にする京都大学の風土が合っていると感じる生徒も少なくない。「京都大学高校生フォーラムinTokyo」(写真下)に参加し、「感想文コンテスト」に応募して入賞し、「そうだ京大行こう!」に招待してもらった生徒たちは、東京大学を勧められたにもかかわらず京都大学を選んだ。今その子たちを中心にした京都の鷗友会ができつつある。

吉野明校長先生(鷗友学園女子高等学校)

吉野明校長先生(鷗友学園女子高等学校)


 
鵜﨑創(女子学院中学校・高等学校):本校は創立146 年、東京オリンピックの年に150 周年を迎える。自由・自律を重んじるとしているが、そこには聖書の教えが一貫して通っている。校則は4つしかなく、多くのことは自分で決める、というか聖書に聞くことにしている。制服は1972 年に廃止。ただ現在も私服のひとつとして購入は可能である。体育祭、文化祭などの学校行事も盛んだ。高3の夏休みには、御殿場の寮で二泊三日の泊まり込みで修養会を行う。かなり哲学に近いところで生き方について、あるいは宗教について徹底的に考える。

そこから受験勉強に入っていく生徒も多いため、入試日程が早まるのは頷けない。好奇心の強い生徒が多く、一通りの体験は学校行事などでさせているつもりだが、エネルギーをすべて発散できているとは思えない。そこで高等教育には知識の詰込みではなく、できるだけ多くの体験をさせることを期待するし、先生方には多様な後姿を見せてほしい。

そういうことを敏感に感じ取る感性を育んでいるつもりだから、生徒たちはそれを見ながら、自分の将来を思い描いたり、学ぶべきことを見つけたりしていくことができると思う。理系、文系について言えば、本校はリベラルアーツ教育の学校だから、高2まではほぼ必修。高3では受験対策上やむを得ず選択科目を設けているが、理系、文系を意識しない生徒が多く、大学へ入ってから進路変更することもある。

これはその時の興味、関心に従ってのことかもしれないが、「自分がどういうところで用いられるのかを察知しながら、その方向に進んでいくべきだ」という、私たちが6年間言い続けていることの一つの表れでもあると思う。6年間、自由の中で個を大切にする教育を徹底しているから、校内では競争はほとんどない。皆勤賞もなくし、他に○○賞などというものも設けず、競い合うのではなく、個々の特性を認め合って学んでいく姿勢を育んでいる。中学の間は多少ぶつかり合うこともあるが、高校になると、一人ひとりのよさをしっかり認め、互いに高めあっていくようになる。

入試については大学には求める生徒像を明確にしてもらって、お互いが相思相愛で進学できるようにと願っている。京都大学へは昨年はなぜか2ケタ進学した。もちろん毎年続くとは限らない。本校でも、京都大学へ進んだ卒業生が夏休みに戻って、楽しいとか、自由な学間の都だなどとしきりにアピールしているのを見かけた。入学後たいへんよい印象を得たのだと感じている。

鵜﨑創校長先生(女子学院中学校・高等学校)

鵜﨑創校長先生(女子学院中学校・高等学校)


 
山極:アメリカの大学では、しっかり人生設計をさせているという話があったが、今の日本では、学部学生のイメージは昔の高校生に近い。そのため、人生の目標をきちんと決めていない段階で大学、学部・学科を選んでいることも多いだろうから、学び直しができる、あるいはもう少しフレキシブルな選択ができるようにしなければならないのではないだろうか。

京都大学でも総合人間学部は文理融合だ。また、一年に入った学生を学問の最先端に誘導するILAS(アイラス)セミナー( 旧ポケット・ゼミ)もあるから、それらを受講することで自分の向いているものを知ることができる。転学部は、入試の成績も関係して簡単ではないが、できない場合でも、他の学部の授業は取れるし単位ももらえる。大学院進学時の進路変更はやりやすい。

宮本: 本校の教育のキーワードは《大きな器》。どんな時代になり、どんな価値観や考え方が現れても、それを受け入れられる器の大きな人間を育てたい。本校でしかできない様々な体験を通じて、「こんな見方があった」、「こんな世界があった」、「こんな人がいた」というように、いろんな見方、考え方を育てている。器の底が人間性。いくら頭が良くても人から信頼されないのは穴の開いたバケツだと言っている。

人間性とはいろんな人と交わって、もがき苦しんで一緒に作っていくものだから、他者とのかかわりを積極的に持たせるようにもしている。今夏もたくさんメニューを用意した。大学の研究室や病院へ行くものの中には、OBである志摩半島の病院長が、夏休み中、生徒を預かってくれるというものもあった。一週間1タームで3人。期間中12人がお世話になり、三重大学の医学部生などと一緒に様々な体験をさせてもらった。帰ってきた生徒は、地方で医者になると目を輝かせていた。ほかにはジョブ・シャドゥイングで企業へ行く者もいる。

このように生徒に働くこと、学問することとはどういうことかをわからせる取組を積極的に行っているが、大学同様、学校でできることは限界にきている。今後メニューを増やしていくには、とにかくサポーターの輪を広げるしかない。そこで保護者やOB、地域の方にも積極的にお願いしている。ただ幸いなことに、最近は自分たちも子どもたちを育てる取組みに協力しようという理解のある方が増えていて、とてもありがたく思っている。高田先生のところとは反対で、女子が元気だ。保護者も、校風を理解した上で子供を入学させているからか、女子の方が海外へも行くし、国内でも遠方の大学に進学するのをあまり躊躇しない。

自由な校風ということで、本校と同じにおいがすると思っているのか、彼らなりの捉え方があるのか、とにかく京都大学への進学者が多い。今年は15名、昨年は16名、一昨年は15名と、最近では東日本で最多だ。卒業生が部活を通じて後輩を誘うなど、すでに一つの流れもできているようだ。器の大きくなりそうな生徒は東京大学だけでなく京都大学をはじめ自分が活かせそうな大学を選んでいるという印象もある。

山極:東京で育った高校生が京都で学生生活を送るのはとてもいいことだと思う。京都市は人口147 万人で、コミュニティとしては最適の規模。10人に一人が学生ということで、市民の学生を見る目も違う。東京では単に学生だが、京都人にとっては風景の一つ。隣人であり、仕事を手伝ってくれる人であり、自分たちが育てる対象でもある。

文化は肌で感じるものだから、接触の仕方が深いと文化はよく染みつく。特に女子は、伝統や文化を利用したしたたかな生き方を覚えられるのではないか。新しいことに順応することが求められる東京では、個を確立し、なおかつ利害関係をしっかり認識したうえで人間関係を作っていく必要があるが、京都には、意味はよくわからないがこの文化にすがっていけばなんとかなるという雰囲気がある。東京の生徒にとって、これは新鮮なはずだ。

 

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京都大学

「自重自敬」の精神に基づき自由な学風を育み、創造的な学問の世界を切り開く。

自学自習をモットーに、常識にとらわれない自由の学風を守り続け、創造力と実践力を兼ね備えた人材を育てます。 学生自身が価値のある試行錯誤を経て、確かな未来を選択できるよう、多様性と階層性のある、様々な選択肢を許容するような、包容力の持った学習の場を提供します。[…]

大学ジャーナルオンライン編集部

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