―― お二人の研究室では、アカデミックな立場から政策立案者に提案するという感じですか?
長谷川氏:

政策と研究の間にいるという感じです。気候変動の自然科学や物理的な研究と政策をつなぐようなところです。

藤森氏:

政策的な研究としては、炭素税がどれくらい必要になるのか、エネルギー効率をどれくらい高める必要があるのかなどをやっています。大城さんの研究が政策に近いかな。

大城氏:

私の場合は、日本の削減目標の評価や、目標水準に応じてエネルギーシステムをどのように変える必要があるか、といった研究をやってきました。

藤森氏:

パリ協定での日本の目標「2030年までに2013年比26%削減」は、2℃目標には全然足らないし、長期目標として2050年までに80%削減を目指すとしていますが、それでも+1.5℃で安定化するには足りないよ、みたいな話です。

―― 日本は、産業界が政策に影響しているように感じます。温室効果ガスも鉄鋼業などの産業分野からの排出が多いので、その辺りのバランスを取る必要があるのかなと思いますが。
藤森氏:

ヨーロッパに比べれば、明らかに既得権益を守る力は強いですね。米国はもしかしたらもっと強いのかもしれないので、日本特有の現象ではないですが、日本社会がなかなか変われない理由の1つにはなっているでしょうね。我々は、将来の鉄鋼生産量なども想定してモデリングしますが、鉄鋼生産量が減るとすると鉄鋼業界から反論が出たりしますからね。それに、経済産業省と環境省がせめぎ合いもあります。

大城氏:

日本人って真面目で、目標はゴールとして目指すものではなく、絶対達成しなくてはならないものと思いがちです。だから産業界も、目標値を目指すものとしなくて、必達目標と捉えるから反論が出るのでしょう。

藤森氏:

日本人は、リスク回避性向が強いというか、変わることを恐れたり周りをうかがったりする特徴があるのかなあ。海外に住んだり、海外の人と交流したりすると感じますね。それを自覚していれば対応できますが、視点が内向きで外の世界を知らないままで自分のそうした性質に気づかないと、内部のトラップにはまります。やはり海外の人や物に触れて自分を客観的に見ることをもっと積極的にすれば、今の日本社会をより良くできる可能性が広がるんじゃないかなと思います。

―― いずれにしても、気候変動は政策をうまくやらないといけませんね。
藤森氏:

そうですね、うまく誘導していく(笑)。でも、まだ私は若いせいかもしれませんが、科学者としてはニュートラルな立場でありたいです。産業寄りでもなく、極端な環境活動家寄りでもなくね。おかしな主張を正すのは必要だとは思いますし、バイアスを持たずに、常に自分のやっていることに対して疑いを持っていきたいと思います。今回の論文のような話も、解釈によっては気候変動の抑制に反対する材料にもなり得てしまうので、発表が妥当かという問題は常につきまといます。ですが、変に伏せることはやりたくないし、気候変動対策でまずいことが起こる可能性があるという事実は明らかにした方がいいと思っています。

―― 私たちが触れている情報はバイアスがかかっていることが多いので、その影響を受けない事実を知りたい、特に一般の人はそう思うのではないでしょうか。

藤森氏:

今は昔とは状況が違い、科学者の役割も変わってきています。私も、情報や研究成果をどうやって発信するかを手探りでやっている状態です。Facebookで発信してもいまいち効果的ではないなあという気がして……。どうやったらいいんだろうと。

長谷川氏:

そういう意味では、今回のインタビューはいい機会だと思っています。

―― ところで、気候変動に興味を持ったのはいつ頃ですか?
藤森氏:

高校生の頃から環境について研究したいと思っていました。大学に進学して気候変動の研究室に入ると、気候変動は環境だけでなく経済などいろんな社会活動が絡んでいることが分かり、そういうのを総合的に見たいと思いました。さらに勉強すると、気候変動は本当に解決すべき問題なのか、どれくらい深刻なのか、もっと知る必要があると感じ、博士課程へ進みました。で、まあ、気づいたらどっぷりつかっていた(笑)。でも、気候変動は本当に解決すべきなのかという疑問、もちろん解決した方がいいとは思っているのですが、どれくらいのプライオリティを置くべきなのかというのは、いまだに疑問符が付いたまま研究を進めています。Lomborgという有名な統計学者が、2000年代にMDGsのような目標にどのくらい投資したらいいのかを比較したのですが、結論は、第一にエイズ。そして飢餓、貧困、マラリア。最後が気候変動なんです。こんなに投資効率の悪いプロジェクトはない、とにかく費用対効果が悪いというのです。将来今の先進国くらい豊かになっているはずのバングラデシュ(ガンジス・デルタ)の人々のために多大なる投資をするのか、それよりも、今、目の前で苦しんでいる人々の命をちょっとのお金でどれだけ救えるか、という問いを投げかけているのです。我々の持っているパイは限られており、効率的に使わなければならないと。それは、多分、本質的なところを突いているでしょう。そういう意味で、今回の論文は、社会的に重要な飢餓の問題にアタックし、個人的にも興味を持ってできたものでした。ただ、気候変動影響に関する研究もここ数年ですごく進み、影響が今まで思っていたよりも甚大になるという研究もぽろぽろ出てきています。放っておくと、GDPの20〜30%の損失があるだろうと。そうなると、温暖化対策は、もはや費用対効果が悪い投資ではなくなっているのかもしれないですね。

長谷川氏:

私も高校生の頃から環境問題に興味があり、当時のホットトピックは温暖化でした。そして、現在の藤森研の前身の松岡研究室に入ると、温暖化一色でそのまま流れて来たって感じですね(笑)。

大城氏:

私は建築系の学科出身です。研究室を選ぶときに、エネルギー効率などが日本全体にどう影響するのかというシミュレーションをやる研究室があり、そこに入りました。修士修了後、民間のコンサルティング会社の環境部門に入って官公庁や研究所の委託研究などをしていました。ところが、入社の年に東日本大震災が起こり、その後は日本全体のエネルギー政策の転換に巻き込まれました。しかし、ある程度政策の議論が落ち着いてきてどうしようかなと思っていたところ、この研究室に流れ着いた感じです。結果的に、自分に合うところに落ち着きました。

藤森氏:

でもこの先、環境がアカデミックな研究としてどのくらい成り立つのかは疑問に思っています。気候変動についてもかなりの部分が分かってきており、あとは世の中動かすだけだという感じは多分にあります。そうしたら、アカデミックな研究ではなく、実際の活動です。

今後、私としては、SDGs1の貧困をなくすことに踏み込みたいですね。そこをもうちょっと勉強していろいろ分かってきたら、自分の中で残っている疑問に対する解がなんとなく見えてくるんじゃないかなと思っています。

―― 研究者を目指す若者にメッセージをお願いします。
長谷川氏:

とにかく一生懸命取り組むこと。自分を振り返っても、一生懸命やったことは、たとえ失敗に終わっても絶対得られることが何かあります。が、中途半端に適当にこなしたことはうまくいっても身になりません。現在の自分は、過去に一生懸命やったことで得られた物でしか成り立っていないのです。将来の自分を作るために、今、一生懸命取り組むよう伝えたいです。

藤森氏:

日本の今のアカデミック業界の状況では、バラ色の将来は描きにくいと思います。しかしそれを受け入れたのなら、自分の道を信じて、自分のできることを死にものぐるいでやり、いろんなことにチャレンジしてほしいです。そしてできれば、海外に出て多様な経験を積み、最後には戻ってきて日本を盛り上げてほしい。

大城氏:

ちょうど9年、民間にいたのですが、アカデミックとはある程度距離が離れていたこともあり、これまで研究仲間はごく限られていました。ですが研究は、自分だけでやっていればいいというのではありません。仲間や人脈、ネットワークを作っていくことが大切だと思います。

―― 最後に、Nature Sustainability についてお聞きします。最初からこのジャーナルへの投稿を考えていましたか?
藤森氏:

はい、Nature Sustainability を目指してやりました。創刊前から知っていましたので。

長谷川氏:

テーマが合致しましたし、よい機会と思いました。

―― 昨年はNature Climate Change に論文を発表されましたが、今後、どちらに出したらいいか考えることもあるかと思いますが。
長谷川氏:

Nature Climate Change の方がより気候変動に近い感じですかね。

藤森氏:

Nature Sustainability に投稿する場合は、やはりSDGsとの関連が必要だなという感覚があります。そこにうまくはまる論文は、Nature Sustainability に投稿したいと思います。

―― 期待のジャーナルとお考えですか?
藤森氏:

かなり期待しています。これからもどんどん投稿したいです。人類にとって重要なテーマだと思っていますし、いろんな分野の関連する知見が学際的にこのジャーナルで議論される可能性があり、とても面白いと思います。

―― どうもありがとうございました。

 

参考文献
  • Fujimori, S. et al. A multi-model assessment of food security implications of climate change mitigation. Nature Sustainability, 2, 386–396 (2019).
  • Hasegawa, T. et al. Risk of increased food insecurity under stringent global climate change mitigation policy. Nature Climate Change, 8, 699–703 (2018).
  • Hasegawa, T. et al. Consequence of Climate Mitigation on the Risk of Hunger. Environmental Science & Technology, 49, 7245–7253 (2015).
  • Hasegawa, T. et al. Tackling food consumption inequality to fight hunger without pressuring the environment. Nature Sustainability, doi: 10.1038/s41893-019-0371-6, (accepted).
  • Mach, J. K, et al. Climate as a risk factor for armed conflict. Nature 571, 193–197 (2019).
インタビューを終えて

温暖化は専門家ではない私たち一般人でも、何とかしなくてはいけない問題だという認識があります。でも、単に温度を抑制することだけを考えていてはダメなんだということを改めて認識させられました。ちょっと考えて対策をとれば、温暖化も飢餓リスクも抑制することができるんだなと。藤森先生も長谷川先生も大城先生も、皆、30代。やる気に満ちており、気候変動に関していろいろな角度からさまざまなシミュレーションをしています。今後の研究成果が、温暖化を抑制しながら最大多数の幸福が得られることに貢献できることを願ってやみません。
聞き手は、田中明美(サイエンスライター)。

掲載論文

気候変動緩和策が食料安全保障に及ぼす影響の複数モデルによる評価
A multi-model assessment of food security implications of climate change mitigation

Nature Sustainability 2 386–396 doi:10.1038/s41893-019-0286-2 | Published online 13 May 2019

 

 

 

 

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Nature Sustainability

2018年1月に創刊したNature Sustainabilityは、サステナビリティやその政策的側面、実施可能な解決策などに関する、自然科学、社会科学、工学の幅広い分野から寄せられた重要な一次論文、総説等を掲載する月刊オンラインジャーナルです。