名古屋大学の研究グループは、蚊の脳における聴覚応答を世界で初めて可視化することに成功した。
蚊はさまざまな感染症を媒介することで、世界中で最もヒトの命を奪っている動物の一つである。このため蚊の繁殖行動を標的とした防除戦略の構築が求められている。
多くの蚊は、夕方になるとオスが群れを作り、そこに入ってきたメスを、羽音を頼りに探し出すという。他のオスの羽音で満ちた空間から、わずかなメスの羽音を聞き分けて接近する「走音性」と呼ばれるこの性質は、蚊の繁殖を防ぐための鍵として注目されているが、蚊の聴覚研究において、脳内でどのような反応が起こっているのかはほとんどわかっていなかった。
本研究ではまず、ネッタイシマカを用いて、受容した音が脳にどのように伝わるかを調べた。蚊の「耳」として機能する触角内の聴感覚神経細胞から、ショウジョウバエで聴覚一次中枢として同定されている「触角機械感覚野」に軸索が伸びていることを確認した。また、オスの軸索束はメスよりも複雑な分岐を示すことを見出した。
次に、「カルシウムイメージング」という手法を用いて、蚊の触角機械感覚野における音への神経応答を可視化した。その結果、メスと比べてオスの聴覚領域はさまざまな周波数の音を受容し、多様な応答性を持つことを発見した。さらに、「耳」で発現する遺伝子を網羅的に解析した結果、音に対する受容感度を高めると考えられている「繊毛」に関連する分子群が、メスよりもオスで有意に増加していることを突き止めた。
これらの結果は、オスがメスと比べて脳内に複雑な音受容地図を持っており、雑音の中でメスの微弱な羽音を検知するために複雑な処理を行っている可能性を示唆する。
蚊の洗練された音源情報処理メカニズムを明らかにすることは、オスの走音性を利用した実効性の高い捕虫装置の開発に役立つのみならず、音源探索ドローンの開発といった産業分野にも貢献することが期待される。