思修館スピリットを胸に、自分にしか創造できない価値を創出する国際人・学際人(文理融合のグローバルリーダー)を目指す

 

国内において、イノベーションの有力な担い手とされる博士課程進学者。しかしその数は、学部学生数の増加に比べると伸び悩んでいる。「博士課程修了者を採用しない企業に問題がある」との大学側の意見に対し、「博士課程修了者は使いにくい」という企業の声も聴かれる。アメリカに比べて高い学費の問題に対しては、先頃新しい施策が始まった。

一方で、大学院、大学院教育そのもののあり方が問題だとする声も根強い。直近の大学院改革は、2011年に始まったリーディング大学院構想。1990年代に始まった大学院改革の一連の流れの中で、それまでの大学院教育の不足を補い、次世代リーダーの養成を掲げて始まった。
その中で、当初から独立大学院設置を目的に2011年に開設されたのが京都大学総合生存学館(通称:思修館)。その修了生が社会で活躍する様子を紹介する。

 

 

現在の仕事や研究内容は?━各業界の最前線を走り続ける“思修館卒”

総合生存学館(通称:思修館)では、これまでに29名の「総合学術」博士が誕生し、国際機関や行政機関、研究機関、そして民間企業など様々な場所で活躍している。人類と地球社会の生存を基軸に文理融合のアプローチで社会課題の解決を目指す!そんな志で、大学院時代に学んだ総合生存学を活かして活躍する5名の卒業生に、大学院での学びとキャリアパス、将来展望について語ってもらいました。あわせて、高校生や大学生へのメッセージも頂きました。対談の座長は、思修館プログラムの修了生である白石晃將さんです。

白石:平野さんと横山さんは2018年卒業、Bolikoさんと野村さんは2020年卒業、中本さんは2021年卒業でしたね。皆さん、現在はどこでどのような仕事をされているのですか。

Boliko:八千代エンジニヤリング株式会社の海外事業部・エネルギー部門で社会経済分析を行っています。国際協力機構(JICA)からの依頼で準備調査を行うのが主な仕事で、これまでにアフリカのマラウイ共和国とコンゴ民主共和国に出向きました。毎年約5回現地を訪れ、小水力発電など再生可能エネルギーに関してエネルギー省や関連企業と面談し、現地の状況を確認し情報を収集します。コンゴ民主共和国は私の出身国でもありますが、開発途上国の開発を支援できることに大きなやりがいと喜びを感じます。

中本:大学院修了後、公務員に入職しました。1920年代に制定された国際課税ルールを100年ぶりに見直す動きがあり、約140か国・地域が参加するプロジェクトに日本チームの一人として携わっています。GoogleやAppleなど、「モノ」を売り買いしないビジネスの出現は、これまでのビジネスモデルを大きく変えました。そんな中で、改めて公平に税を配分する仕組みを作るべく、チーム一丸となって知恵を絞っています。

野村:セブン&アイ・ホールディングスのサステナビリティ推進部に所属しています。「食」を軸に様々な仕事に携わってきましたが、現在は主に、持続可能な調達や国際ルールを決める会議への参加、ESG投資に関する企業価値の向上を担当しています。国際機関との連携も多く、例えば最近では、国連児童基金(UNICEF)とノルウェー中央銀行投資管理部門が共同で推し進めている「子供の健康と栄養」をテーマにしたプロジェクトに携わっています。

平野:立命館アジア太平洋大学アジア太平洋学部で教員をしています。国際法が専門で、現在は「水」に関わるルールや制度について研究しています。水によって引き起こされるかもしれない対立を未然に防いだり、起きてしまった紛争を解決したりするために、国際法をどう活用できるか研究しています。近年、水は人権であるという考え方が広がり、国は個人の安全な飲用水へのアクセスを保障する国際法上の義務があると認められるに至りました。他にも、国際河川の利用を規律する条約や湿地の保護などを目的とした環境条約、水ビジネスにも関わる国際経済法など様々な国際法があります。

横山:IT分野の人材育成に必要な独自の対話型教育を研究・開発しています。大学院修了後は、福祉教育×哲学教育×ITを掛け合わせて、専門性を追求してきました。様々な国にクライアントがいるので、自ら会社も経営しています。

白石:皆さん、様々な業界でフル回転していますね。横山さん、研究と実務を統合した活動の様子をもう少しお聞かせください。

横山:私が開発している対話型教育は、教育学でいうところのアクティブラーニングに近いですが、自己について知る、言語化による自覚(self-awareness)という哲学のキーワードを取りいれているところに特徴があります。自己変容をもたらすものですから、実務ではチームワークや問題解決能力が高まるという成果が出ています。例えば国内外で注目されている東南アジアの人材。民族的に多様なバックグラウンドをもっていますから、それぞれが自らの文化や価値観、言語を誇りにできれば、生活・就労・福祉のすべての面にいい影響を与えます。これまでこの3つはバラバラに考えられてきたのですが、総合的に捉えることが必要だと分かってきました。ラオスでのシステム・アプリ・ウェブなどに関するオフショア開発では、国内人材の不足するIT産業の出資を募って、ラオス少数民族の文化を研究するための研究所を設立しました。1年でルアンパバーン県行政内の公益研究所に昇格するなど、成果が出ています。

 

大学院での学びとキャリア形成

白石:総合生存学館は、多様な専門分野の研究が推進されていることに加えて、分野横断で俯瞰的視野を獲得するための教育プログラムに特徴があります。これまでのキャリア形成や現在の仕事に役立ったプログラムや活動について振り返ってください。

Boliko、中本、野村、横山(揃って):4年次の『海外武者修行』です。

白石:なるほど、皆さん、どこへ行かれたのでしたっけ。

Boliko:私は日本・東京にある国連開発計画(UNDP)駐日代表事務所。

中本:フランス・パリにある経済協力開発機構(OECD)本部です。

野村:イタリア・ローマにある国連食糧農業機関(FAO)本部。

平野:私はオランダ・ハーグにある国際水協会(IWA)本部。

横山:カンボジアのプノンペンにあるUNDPカンボジア事務所です。

白石:そうでしたね。そこでの経験は今どう役立っていますか。

野村:現在国際機関と仕事をする機会がありますが、仕事の進め方やスピード感などを経験できたため、それぞれの機関の動きを予想しつつ、スムーズに仕事を進められています。

横山:国連機関を含め、国際的な環境で仕事をすることが修了要件である大学院は他になく、最も大きな特徴の一つだと思います。

Boliko、中本:野村さん、横山さんの意見に同感です。

平野:社会の現実に向き合う機会としては、『熟議』も非常に有効だったと思います。頻繁にマスコミに登場するような民間企業のトップをはじめ、各業界のトップランナーとの意見交換は刺激的でした。

Boliko:日々、研究に没頭したことも、実務の遂行能力向上に大きく寄与していますね。大学院では再生可能エネルギーに関する社会経済分析を行いましたが、その解析方法などは現在、八千代エンジニヤリング株式会社にて行っている準備調査でもそのまま応用できています。

中本:私は国際課税を研究していたため、現在の仕事はその延長線上にあると言えます。

横山:国際開発に関する知識と経験、国際機関やそこで働くエキスパートとの人的ネットワークが構築できたことがすごく活きています。異分野・異業種で経験豊かな講師陣に恵まれていたので、常に新しい視野を獲得できました。これが、現在でもさまざまな国籍、あるいは専門分野の方々と仕事をすることに役立っているのだと思います。

野村:横山さんの意見に賛同します。私はいま、食品ロス削減の国際ルールを決めるために、日本チームの専門家の一人としてISO(InternationalOrganizationforStandardization)の規格制定に関する国際会議に参加していますが、これなどはまさに、大学院時代の人的ネットワークと研究の賜物だと感じています。

平野:同じ志を持つ仲間とともに寮生活を送ったことも良かったです。学生の進路相談に乗る際、様々な業種で活躍している仲間の当時の姿を想像して、学生たちの目標とするキャリアパスについてアドバイスできます。今回の参加者もこれだけ多様な場で活躍していますしね!

 

あらためて将来の夢を

白石:大学院の学びとキャリア形成だけでも丸一日話せそうですね(笑)。大学院修了から数年たち、仕事も軌道に乗ってきた頃だと思いますが、次の展開について模索され始めている人もいるかもしれません。あらためて将来展望についてお聞きします。

Boliko:仕事をしていく上での大前提は、人の役に立つような仕事をやり続けたいということですね。新たな挑戦としては、米国・ボストンの大学で学んだ経済学とマーケティングの知見を基に「起業」する、自分で会社を作ってみたいです。

中本:人の役に立つというのは、私も常に意識していたい。現在公務員として働いていることもありますが、ここ5年間ほどで、人の役に立ちたい、困っている人を助けたいという気持ちがますます強くなっているのを感じます。もちろん、楽しいと思えるような仕事をしていきたいとも思っています。

野村:好きなことを仕事にする!というのは重要ですよね。私の場合、それが「食」。自分の好きな食が100年後も200年後も枯渇することがないようにと、日々仕事に力を注いでいます。今後については、社内での海外勤務や、転職も視野に入れ、様々なキャリアパスの可能性を考えています。博士であることを武器に、次のステップにも挑戦してみたいですね。

横山:中本さんや野村さんの考えに近いかもしれませんが、自分の道は自分で決めたい。私は学部時代に、経営者になると決意しました。現在、開発した教育プログラムは韓国でも成功しつつあるので、5年後には中国での展開を目指したいです。

平野:Water-wise、《「水からして」賢い社会》を創りたいと思っています。水に関わる国際法は様々な地域・分野でそれぞれに発展・整備されてきました。しかし水の視点からその全体像を見ると、重複していたりギャップがあったりして、世界規模の課題を解決するのに有効だと思えないこともあります。こうした問題意識は、国際社会のガバナンスのあり方を見直す際に示唆を与えてくれると考えています。私たち人間の目線とは異なる、水の視点から国際問題を捉えなおし、研究に反映していきます。

 

高校生・大学生へのメッセージ

白石:専門分野も異なり、現在携わっている仕事や業界も全く違う5名のみなさんから話を伺いましたが、いくつか共通するメッセージ、いわば「思修館魂」のようなものが伝わってきました。

具体的には、

①自分にしか生み出せない価値を社会に創出する。各自が自己を成長させ、独自の才能や能力、アイデアによって、あるいは個性的な視点から独自の価値を社会に生み出そうと考えていること。そのためにまず重要なことは「自分は何が好きで、何に向いていて、何に対して情熱を注ぎ続けられるか」をトコトン考え抜くこと。人があまり目を向けないような物事、活動でもいい。見つけたものを、やり抜いてやり抜いてやり抜いて、壁にぶち当たってもまたやり抜く。そしてその中で獲得した新たな発想で壁を乗り越える。このプロセスは世界で一流になるためには絶対に欠かせない。そのためにも他者に目を向けるのではなく、自分の好きなこと、信じたことをトコトンやり抜くことが重要ですね。

②自分らしい国際性を身につける。海外で学び、働き、生活し、言語や文化、宗教の異なる環境に身を置き、国際性を身につけること。そこに「わたし」独自の考え方をプラスすれば、自分らしい国際性が身につきます。これまでの習慣や既知の情報に基づいて行動することも重要ですが、現在は、新たな可能性を模索しイノベーションを創出していくことも同じくらい必要です。国際性は、そのために重要な資質の一つだと思います。

Boliko:アフリカ大陸に足を踏み入れたことがない人は、是非訪れてみてください!

③学際性をまとった先導者になる。複雑な社会課題は一つの専門分野だけでは解決できません。今求められているのは、異なる学問分野や専門領域を横断し、多様な知識や視点を持ってコミュニケーションできる能力、他者と協調し問題を解決に導く能力です。これを身につけた人を、学際性をまとった先導者と呼びたい。そのような人材は、1)複数の学問分野や専門領域について幅広い知識を持っていることから、相手の専門分野についても理解を深めることができる。2)異なるバックグラウンドや知識を持つ人々と円滑にコミュニケーションを図る能力を持つとともに、専門的な用語や概念をわかりやすく説明し、異なる専門家や関係者との間で意見交換ができる。3)そして、異なる分野の知識や視点を組み合わせることで、より包括的かつ創造的な問題解決を行うことができる。

私たちはそんなリーダーを目指し、日々精進を続けていきたいと考えています。

 

 

京都大学大学院農学研究科助教

白石 晃將さん

2012年京都大学農学部卒業。国連食糧農業機関(FAO)インターンおよび日本学術振興会特別研究員を経て、2017年に京都大学で博士号(農学)を取得。同大学院博士課程修了後、2017年外務省外務事務官、2018年FAOジュニア専門官、2020年FAO食品安全専門官を経て、2021年1月より京都大学大学院農学研究科助教、現在に至る。研究の傍ら、経済産業省「2050年カーボンニュートラルに向けた若手有識者委員会」、グローバルバイオエコノミー国際諮問委員会はじめ有識者として科学政策の立案に携わる。岐阜県立多治見北高等学校出身。

 

 

公務員

中本 天望さん

京都大学法学部卒業。経済協力開発機構(OECD)インターンを経て、博士号(総合学術)を取得。大学院総合生存学館修了後、国税庁に入庁。明星高等学校出身。

 

 

株式会社セブン&アイ・ホールディングス

野村 亜矢香さん

2018-19年国連食糧農業機関(FAO)インターンを経て2020年に京都大学で博士号(総合学術)を取得。同年、株式会社セブン&アイ・ホールディングス入社後、ESG推進本部・サステナビリティ推進部へ所属。現在、グループ事業会社とともに環境宣言『GREENCHALLENGE2050』の推進、特に持続可能な調達のチームを担当。ESG投資の企業価値向上や国際機関等の海外連携業務も兼務する。同時に、ISO国際委員会の日本エキスパートとして食品ロス削減に関するマネジメント規格の策定に携わる。浜松湖南高校出身。

 

 

立命館アジア太平洋大学アジア太平洋学部助教

平野 実晴さん

2013年京都大学法学部卒業。日本学術振興会特別研究員および国際水協会(IWA)特任研究員を経て、2018年に京都大学総合生存学館(思修館)で博士号(総合学術)を取得。日本学術振興会特別研究員PD(神戸大学大学院法学研究科の受入)を経て、2019年10月より現職、現在に至る。愛知県立千種高等学校(国際教養科)出身。

 

 

八千代エンジニヤリング株式会社シニアアソシエイト

CharlesBolikoさん

2014年ノースイースタン大学金融・マーケティング専攻卒業。在学中、MassGeneral-BrighamおよびJohnHancockにてインターン。2014-15年和歌山大学経済学部にて研究生、国連開発計画(UNDP)インターンを経て、京都大学大学院総合生存学館にて博士号(総合学術)を取得。修了後、2021年6月より八千代エンジニヤリング株式会社シニアアソシエイトとしてエネルギー開発プロジェクト支援に携わる。ローマ・メリーマウント・インターナショナル・スクール出身。

 

 

株式会社ドットコンサルティング社外取締役
Wisa/NPO法人わかもの国際支援協会
シニア・ディレクターラオス国立大学LJI上席研究員・講師
国際機関コンサルタント

横山 泰三さん

2007年広島大学卒業後、民間企業へ就職。2009年にIT企業及び社会参加に困難を抱える若者支援に取り組むNPO法人を設立。2018年に京都大学総合生存学館(思修館)で博士号(総合学術)を取得。大阪府立鶴見商業高等学校出身。

 

 

大学ジャーナルオンライン編集部

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