「人を認める、人を排除しない、仲間を作る」——星槎大学は、この3つをポリシーとする通信制の大学だ。日本で唯一の「共生科学部」を設置しており、教育・福祉・環境・国際関係・スポーツ身体表現など幅広い分野の学びを提供し、共生社会の実現に貢献できる人材を育てている。なかでも阿部利彦教授が研究テーマに掲げる「教育のユニバーサルデザイン」は星槎大学の理念と深くつながっており、さまざまな領域の教育者が阿部教授のゼミで研究に従事している。教育のユニバーサルデザインが教育現場に果たす役割や、星槎大学で研究に携わることの意義について、阿部教授に詳しく聞いた。
星槎大学大学院 教育実践研究科 阿部利彦教授
「わかりやすい授業は、すべての子どもたちのためになる」——教育のユニバーサルデザインとの出逢い
今から20年ほど前のこと。特別支援教育を研究の軸に置いていた阿部教授は、ある研究団体と出会った。教科教育と特別支援教育の融合を目的に設立された「授業UD研究会(現・日本授業UD学会)」だ。
授業UD研究会の桂聖(かつら さとし)会長(※当時。現在は日本授業UD学会理事長・共愛学園前橋国際大学 学校教育コース 准教授)による、ある小学校での飛び込み授業を見学した阿部教授は、大きな衝撃を受けた。初めての先生の授業なのにも関わらず、クラスの子どもたちは授業の展開にひきつけられ、どの子もいきいきと前のめりになっていたからだ。それは、すべての子どもたちが安心して楽しく学べる学級づくりを目指すという理念のもと、どの教科にも使えるように考えぬかれた授業理論に基づいた実践だった。
「教育には、3段型のピラミッドで教育支援を捉える『RTIモデル』という考えがあります。土台となる第一次支援が『授業づくり・環境づくり』で、教育のユニバーサルデザインにあたるもの。しかし、土台を築くだけでは、すべての子どもを支援できない。そこで第二次支援(個別の配慮)・第三次支援(個に特化した指導)を重ねていきます」
阿部教授は、特別支援教育を行うにあたって、第二次・第三次支援にあたる個別支援が重要だと考えてきた。しかし、ユニバーサルデザインの視点に基づいた授業を見学し、考えが変わった。
「授業UDの考え(焦点化・視覚化・共有化)に基づいて、多様な子どもたちに『わかる、できる、たのしい授業』をすれば、発達障害のある子にも、そうでない子にとってもためになると気づきました。個別の配慮はもちろん大切ですが、土台である第一次支援を充実させることが非常に大切です」
より多くの子どもたちが「今日も楽しかったな」と、日常の学校生活の中でささやかな喜びや楽しさを感じられるような授業を提供したい。このような想いから、阿部教授は教育のユニバーサルデザインについて本格的に研究を始めるようになった。
教育のユニバーサルデザインを構成する3つの要素
阿部教授が現在所属する星槎大学は、日本唯一の「共生科学部」を設置する通信制大学だ。「人と人、そして人と自然が共生する社会の創造に貢献する」という教育理念のもと、多様なバックグラウンドを持つ人々がいつでもどこでも学べる環境を整えている。阿部教授は大学院でゼミ生を指導しているほか、学部の授業も複数受け持っている。
「教育のユニバーサルデザインは、教室環境のユニバーサルデザイン・授業のユニバーサルデザイン・人的環境のユニバーサルデザインの3つの要素で構成されていると私は考えています。これら3つをそれぞれむすびつけながら、子どもたちが安心して学べる場をつくっていきます」
最も取り組みやすいのが「教室環境のユニバーサルデザイン」だ。例えば黒板をきれいにする、今日の予定を見やすく示す、子どもたちの作品を丁寧に掲示する。「不必要な刺激がなるべく取り除かれたすっきりした教室環境だと、子どもたちも落ち着いて学ぶことができます」
「授業のユニバーサルデザイン」では、子どもたちに届けたい大事な視点を絞り込む「焦点化」、視覚的な資料を使って伝える「視覚化」、多様な意見を共有して考えを深める「共有化」の考えに基づいて進めていく。「焦点化・視覚化・共有化、これが先述した桂理事長の提唱する『授業UDの3つの柱』です。この3つを軸に各教科で見直しを行い、子どもたちに伝えたいことを届けられているか確認していきます」
「人的環境のユニバーサルデザイン」は、阿部教授が提唱している概念だ。わかりやすい授業を提供するだけでなく、子どもたちが安心して意見を言える場をつくることを重視している。「間違ってもいいよ、人と違ってもいいんだよ」と思えるようなあたたかな学級づくりを心がけていくことが鍵となる。
「『人の話を聞きなさい』ではなくて、『人の話を聞くと、みんなの宝物が増えるんだよ』と伝えています。教師が子どもたちの意見をしっかり受け止め、傾聴のモデルになることで、子どもたちが互いに認め合える風土をつくっていく。それが人的環境のユニバーサルデザインです」
オンラインで開催された阿部利彦先生と阿部ゼミ出身者によるセミナー。「学校現場において、子どもたちに援助を求める力を育むために大切にしたいこと」(こども発達支援研究会主催)
教育現場で迷い続けている教育者たちが、阿部教授のゼミに集まる
星槎大学には、もちろん高校卒業後に入学した若い学生もいるのだが、一度社会に出た後、さらに学びたいと考えて入学してくる人も多いのが特徴だ。阿部教授のゼミには、小学校・中学校・高校・特別支援学校の教員をはじめ、看護師や作業療法士など医療従事者の養成校に勤務する教員、調理師学校の教員など、多様な「教える立場」の人たちが集まっている。
「教育のユニバーサルデザインは特別なことでなくて、学びの中で『置いてけぼり』になってしまったり、孤立してしまったりする人を減らすための考え方です。それは小学校や中学校に限りません。『授業を工夫してわかりやすくしたい』という想いは、教える立場にある人すべてに共通しています」
研究テーマも多彩だ。調理師学校の教員が「調理技術のユニバーサルデザイン化」を研究すれば、看護学校の教員が「褥婦の授乳指導」にユニバーサルデザインの考えを取り入れようと試みる。なかには、星槎大学の共生科学部を卒業後、大学院に進学し、「遊びのユニバーサルデザイン」を研究した元幼稚園園長もいる。
「私は看護や料理の専門家ではないので、院生から学ぶことも多いです。教育のユニバーサルデザインは新しい学問なので、学生たちと一緒に切り拓いていく面白さがありますね」
では、阿部教授のゼミで研究をしているゼミ生はなぜ、大学院に進学しようと思ったのだろうか。
「共通しているのは、『迷い』や『疑問』が進学の動機になっていることです。今の授業でよいのだろうか。今の声かけでよかったのだろうか。教育現場で児童や生徒と向き合っていると、このように感じることがよくあります。ゼミ生たちは、その疑問や迷いに対する答えを見つけたくて、星槎大学大学院に進学し、私のゼミで教育のユニバーサルデザインを研究しています」
しかし、阿部教授は「教育はこうあるべきという答えはない」と断言する。「大学院で学ぶよさは、こうした学生一人ひとりが自身の心にある迷いを仲間と共有し、『こうに違いない』と思い込んでいた固定概念やバイアスから自由になれることにあるでしょう」
ある授業で、阿部教授は視覚障がいのある学生と交流し、授業のユニバーサルデザインの「焦点化・視覚化・共有化」を「焦点化・多感覚化・共有化」という概念へと発展させた。「教育のユニバーサルデザインと出会ったおかげで、私自身も『大学の授業はこういうものだ』というバイアスから解放されました」。
正解を出す大学ではなく、考え続ける大学——星槎大学ならではの学びの姿
通信制の星槎大学は、学生のライフスタイルに合わせた柔軟な学修システムを提供している。在籍年限を設けていないため、自分のペースで学び続けることが可能だ。そのため、10年かけて卒業する人もいれば、一度学びを中断してから再び入学する人もいる。
「学生たちを見ていると、本学は問いの答えを見つける大学ではなく、考え続ける大学ではないかと思うことがあります。なぜなら、学生たちはいずれも考えるプロセスを楽しんでいるからです」
授業で教育のあり方を学び、現場に戻って実践し、また新たな疑問を抱き、その疑問について研究する。阿部教授のゼミで学ぶ学生たちは、このように学びと実践を結びつけながら、常に問いの答えを考え続けている。学部で学んだ後、大学院へと学びを深める学生も多い。先述の元幼稚園園長もその一人だ。加えて、阿部教授のゼミ生は、大学院修了後も客員研究員として研究を続けるケースが非常に多いという。
「『職場でも家庭でも友人でもない、新たな仲間と出会えた。星槎大学は第四の居場所』と語ってくれた学生や、『パソコンの画面を閉じると、途端にさみしくなる。オンラインでも、みんなとつながっていることを感じる』と話してくれた学生。学生同士の絆もまた、星槎大学で得られる大切な宝物なのだと感じます」
最後に、教育現場で迷いや疑問を抱えるすべての人へ、阿部教授からメッセージをもらった。
「星槎大学は多様な領域の科目を開講しており、学生の皆さん一人ひとりに合わせて、オーダーメイドの学びを提供しています。そのため、ひとつの研究テーマを究めるだけでなく、幅広い領域からバランスよく履修することも可能です。そして大学院の教育実践研究科には、皆さんと同じようにさまざまな教育の場で迷いや疑問を抱いている人たちがいます。ぜひ、私たちと一緒に研究を楽しみながら、心の中にある『問い』の答えを考えていきましょう」
星槎大学で新たな居場所を見つけ、研究の楽しさをとことん感じてほしいと阿部教授は願っている。
「子どもの「強み」を活かす!」9月に中央法規より発刊予定。編著として阿部教授と、阿部ゼミ修了生の前田智行さん。

星槎大学大学院 教育実践研究科
阿部 利彦(あべ としひこ)教授
専門は特別支援教育、教育相談、学校カウンセリングで、長年にわたって発達障害のある子どもとその家族の相談支援に従事。教育現場のユニバーサルデザイン化など、多様性を尊重した教育の推進にも取り組む。著書に『「援助を求める力」を大切にする支援:子ども・保護者・教師の援助要請』(中央法規出版)、『人的環境のユニバーサルデザイン 学級・職員室編』(東洋館出版社)、『通常学級のユニバーサルデザイン プランZERO-R』(東洋館出版社)などがある。
