脳は過剰な量の情報を処理したり、考えすぎたりすると疲労する。この興奮した脳を沈静化する働きを持っているのが抑制性神経だ。北海道大学の研究チームは福岡大学と共同で、ゴキブリの記憶中枢において「頭を冷やす」働きをする4つの抑制性神経(ニューロン)の完全同定に成功した。
高次の情報を処理する神経は、活動する神経を少数(まばら)にすることにより高効率の情報処理を行うことが知られており、スパース符号化と呼ばれる。最近になって、高次神経のまばらな活動の実現には、抑制性神経による強力な抑制が寄与することが分かってきた。昆虫の脳内には、脊椎動物の海馬や大脳皮質に相当するキノコ体と呼ばれる最高次中枢がある。研究チームは、これまでにゴキブリのキノコ体全域を覆う4つの巨大なニューロンが GABA(抑制性神経伝達物質であるアミノ酸) を持つ抑制性ニューロンであることを発見していたが、これらは複雑に絡み合っており、個々の神経の形態と機能を調べることは困難だった。
今回、ワモンゴキブリに細胞内記録・染色法と呼ばれる方法が用いられた。その結果、4つの抑制性ニューロンは脳の半分を覆いつくすほど巨大であり、機能分担によるキノコ体の異なる領域支配の詳細が分かった。また、キノコ体の多数の小さな内在ニューロンが一斉に抑制された後、活動が同期的に促進することにより情報処理がなされると想定されるという。
ゴキブリの巨大ニューロンは記憶中枢のシステムとしての働きを探る実験モデルとして有用であり、感覚情報識別、学習、睡眠などさまざまな生理機能における抑制性ニューロンの具体的な役割が明らかになることが期待されるという。