杉本厚夫先生:『かくれんぼ…』のタイトルを考えた際には『分数が…』から大いにインスピレーションをいただきとても感謝しています。
西村和雄先生:そうでしたか(笑)。
STEAMのAは、AIのA?
杉本:研究者の傍ら、教育実践として長年、子どもたちと関わってきましたが、最近気になるのが、《かくれんぼができない》だけでなく、キャンプの初日に「してはいけないことを聞かせて」と話しかけてくる子が多いことです。
西村:保護者から離れて、「家や学校ではできないことができる!」とは思わないのですね。
杉本:冒険できない、そもそも何事も自分で決められないんですね。
西村:自己決定力が育っていないとも言える。原因は何でしょう。
杉本:一つには、日頃から正解は一つではないということを教えられていないことが大きいと思います。
西村:日本は「人生の選択の自由度がすくない」との国連の調査報告もありますが、自己選択は成長して幸せな生活を送るのに欠かせない。そこで最近、私は同志社大学の八木匡教授と共同で、自己決定度というものが、幸福度に影響するのかを調べました【注1】。すると自己決定力には学歴の8.7倍、年収の1.4倍の影響力がある。また、スポーツでも、介護やリハビリ、勉強でも、自分で決めてやるのが一番効率がいい。もちろん誰もが自分で決めることができなければいけない、というのではありませんが。
杉本:他者に判断をゆだねないのと、他人に対してだけでなく自分に対しても嘘をつかない、周囲のウエルビーイング(Well-being)【注2】にも配慮するという要素を加えて、自立(independence)と区別して自律(self-discipline)性という言葉を使います。スポーツで自己申告、self judgmentを尊重する競技はこれを大事にしています。イギリスで誕生したゴルフや、スコットランド生まれのカーリング等では、ファールをしたら自己申告しますね。
西村:ところでSTEAM教育が唱えられる背景には、AIの発達に象徴される情報通信技術の急速な発展、国内ではSociety5.0で求められる資質の育成が急がれることがありますが、こういう時代だからこそ、創造性はもちろん、自律性はこれまで以上に求められるのではないでしょうか。一時、シンギュラリティという言葉【注3】が話題になりましたが、デジタル社会の進化で人類すべてが幸福になるとは限らない。AIを使う側、AIに使われる側といった分断や、所得格差の拡大などの危機も孕んでいる。
杉本:自律性は、機械に使われない人間になるのにはまず必要です。
西村:使う側には強い倫理観が求められます。AIやロボットなどを戦争に使わないとか、バイオ技術で生命の尊厳を脅かさないとか。STEAMの「A」をliberal artsと解釈すれば[解説]、STEAM教育はまさに、自分で物事を判断し、自分で生き方を決める、何かへの従属から自分を自由にするための教育、あわせて倫理観も涵養するものということになる。当然、他者と協働する力や、利他の精神等の育成も含みます。
このような教育は、社会的に成功する、あるいは幸せな人生を送るといったウエルビーイングの観点からも重要であることが、われわれの行った「基本的モラルと社会的成功」の調査【注4】で明らかになっています。ここで明らかになった基本的モラルとは、「嘘をつかない」「ルールを守る」「人に親切にする」「勉強する(働く)」の4つ。これは哲学者のカントも言っていたことがその後わかりました。また経済学の生みの親であるアダム・スミスが、「利己主義」が経済行動の動機づけになることについて書いていることはよく知られていますが、別の本では、自分の行動は、想定した第三者の目から見て是認できるもののみが認められるとも書いています。つまり、利他主義を伴わない利己主義は長続きしない、基本的モラルを守る方が自分のためにもなるとも解釈できるのです。
杉本:これからの予測不能と言われる社会を生きていく上ではレジリエンスを育てることも大事ですが、そのことにもつながりますね【注5】。
[注1] Kazuo Nishimura and Tadashi Yagi”Happiness and Self-Determination – AnEmpirical Study in Japan”, Review of BehavioralEconomics: No. 4, pp 385-419,2019
[注2] Well-being:良い在り方の意から、健康(WHO)や幸福の意に転用され現在に至る。SDGsの項目3にも掲げられている。
[注3] Singularity;技術的特異点。アメリカの発明家で人工知能研究の世界的権威であるレイ・カーツワイル博士らによる仮設。人工知能(AI)が人間の能力を超え、それにより人間の生活に大きな変化が起こるとされる時点。
[注4] 西村 和雄・平田 純一・浦坂 純子・八木 匡「基本的モラルと社会的成功」Quality Education6、2014
[注5] 幼少期の「集団遊び体験」が育てるレジリエントな子――理不尽を乗り越えて(『児童心理』2016年1月号)の中で、杉本先生は、「保身と自己犠牲の理不尽を乗り越えるために、失敗のリスクを背負って挑戦することの体験を通じてレジリエントな子が育つ」「今、子どもたちの世界は理不尽なことに満ち溢れている。すぐに折れてしまったり、諦めてしまったりする子どもが、集団遊びを経験してレジリエントな子に育ってくれることを願ってやまない」などと書かれている。ちなみにレジリエンス(resilience)とは、「回復力」「弾性(しなやかさ)」を意味する。「レジリエントな」と形容される人物は、困難な問題、危機的な状況、ストレスといった要素に遭遇しても、すぐに立ち直ることができる。
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