2026年度以降の進学先選びのポイントとして押さえておきたいのが、学士・修士5年一貫教育制度だ。大学と大学院修士課程を5年間で終えるプログラムで、主に欧州の大学に導入されている。優秀な学生をスムーズに大学院まで進ませる手法であると、日本でも注目が高まった。
大学と大学院を短期で修了 5年一貫教育制度への期待
背景にあるのは、修士号以上を有する社会人の少なさだ。文部科学省が公表している「大学院関連参考資料集」や「科学技術指標2024」によると、日本の人口100万人あたりの修士号取得者は、2021年度時点で590人しかいない。これに対して同年度のイギリスは5485人、アメリカは2649人にのぼる。
人口100万人あたりの修士号取得者数
分野の内訳を見ると、日本の修士号所得者はほとんどが自然科学系で、人文社会科学などの文系は極端に少ない。イギリス等の欧米諸国は文系修士号取得者も多く、なかには理系の修士号取得者数を上回っている国もある。
中央教育審議会は2025年2月の「我が国の『知の総和』向上の未来像〜高等教育システムの再構築〜」答申において、18歳人口が減少する中で、大学院での高度な教育を受けたより多くの優秀な人材を輩出することが喫緊の課題であり、修士・博士人材が多様なフィールドで活躍する社会の実現、すなわち「大学院修了をスタンダードにすること」を提唱している。
大学院進学率を上げ、国際競争力を高めようとさまざまな取り組みをしている日本だが、増加が見られるのは理学・工学・農学系のみ。文系修士課程への進学に関しては、あまり成果が出ていないのが現状だ。
そこで参考にしたのが、文系修士も多く輩出している欧州の学士・修士5年一貫教育制度。通常は学部で4年、大学院修士課程で2年の計6年を要するが、これを5年間で終えるためのプログラムが用意されているのだ。日本でもこの制度を本格的に導入しようと、文部科学省は2026年に大学院設置基準を改正し、制度化された。
現行の法律でも5年間で修士まで卒業できるプログラムを設定している大学はある。大学により異なるが、主に「学部3年+修士2年」の早期卒業パターンと、「学部4年+修士1年」の大学院早期修了パターンがある。どちらの場合でも、学部生のうちに大学院の科目に触れ、より専門性の高い内容を学んでいく流れだ。また、2020年度から導入された「法曹コース(連携法曹基礎課程)」により、司法試験合格を目指す学生は、司法修習までの期間が、大学(法学部)3年間+法科大学院2年間で最短5年となっている。
既に5年一貫教育プログラムを導入している大学状況は?私立大学にも注目
国立大学では、一橋大学や横浜国立大学、神戸大学、九州大学で、過去から5年一貫教育プログラムが導入されている。私立大学では、慶應義塾大学が、早くから5年一貫教育プログラムに取り組んでいる。経済学部、総合政策学部、環境情報学部など、多くの学部で「3・5年での早期卒業+1・5年の修士早期修了」を取り入れている。また、早稲田大学でも商学部・商学研究科で「学部・修士5年一貫修了制度」を、社会科学部・社会科学研究科で「5年一貫修了制度」を導入。
この事例だけでは、優秀な一部の学生のみに縁のある制度に思えるかもしれない。たしかに大学院進学への意欲や学部時代の優秀な成績は必須だが、5年一貫教育への門戸は、一般の学生にも広く開かれている。
たとえば武蔵野大学では2021年度から「学部・修士課程一貫プログラム」(現『5年一貫プログラム』)を始めた。学部4年次に修士課程の一部科目を履修し、計5年間での修士号取得をめざす。工学部など理系に所属する学生のほか、経営学部会計ガバナンス学科、法学部法律学科といった文系学科の学生も対象としている。
プログラムの利用には学科ごとに条件が設けられており、たとえば会計ガバナンス学科の場合は「税理士試験において2科目以上合格している」ことが必要だ。入学後早いうちから大学院進学を見据えて動くことが求められるが、通常より在籍期間を短縮できる、修士2年間よりも大学院の学費を安く抑えられる、といったメリットもある。
帝京大学でも「学部・修士5年一貫プログラム」を導入。武蔵野大学と同様に、学部4年次から修士課程の科目を履修し始める。応募資格は、3年次までの成績が上位10%以内であること。選考にあたって、口述試験を課しているのが特徴だ。
文系大学院進学のきっかけに 制度の効果と課題 追手門学院大学
追手門学院大学では2014年度より「学部・大学院5年一貫教育制度」を導入した。全国的に見てもかなり早い時期に5年一貫教育に着手したといえる。3年次に卒業要件単位数を110単位以上修得しており指導教員の推薦を受けられる学生が、制度の対象だ。
制度導入のきっかけとなったのは、2012年度より取り組み始めた、大学院活性化に向けたプロジェクトだという。
「社会人を対象とした制度改革、サテライトキャンパスの活用など、本学の大学院に注目してもらうための施策が検討されました。その一つにとして、優秀な学部生を本学の大学院に進学してもらうための制度として5年一貫教育の制度設計もおこなっていました」(阿部誉紀教務課長)
制度の対象となるのは、「経営・経済研究科」と「現代社会文化研究科」。同大学の大学院にはもうひとつ「心理学研究科」があるが、こちらには制度を適用していない。
「5年一貫教育制度は、内部生にインセンティブを設けることで、進学率を高めようという狙いがあります」(阿部教務課長)
経営・経済研究科と現代社会文化研究科は文系の研究科。日本全国の傾向と同じく、同大学でも文系の大学院進学者は少ない。学部卒業後に就職する学生が多かったからだ。
学生が制度を利用するきっかけのひとつが、指導教授からの助言。優秀な学生に対して「大学院でも研究を続けてみないか」と、進学を勧めるとともに5年一貫教育制度を紹介した事例もあるそうだ。こうした取り組みもあり、とくに経営・経済研究科ではコンスタントに制度を利用する学生が出ている。
日本ではいち早く5年一貫教育を始めた追手門学院大学であるが、課題も感じているという。
「就職活動の前倒しや長期化が問題視されている中で、5年一貫教育制度を導入するだけで大学院進学率が高まりを見せるということは考えにくいです。大学院進学や修士号が、社会に出たあとどれほどの強みになるかは、まだまだ不透明なところがあります。学生からすれば早めに就職活動に着手して内定をもらうほうが安心できることになる。それを上回るようなメリットがなければ、大学院進学が有力な選択肢として入ってくることが想像し難いです」(阿部教務課長)
大学院修了後にきちんと就職できるのか、といった不安を抱えている学生も多い。文部科学省が2023年度に公表した「修士課程(6年制学科を含む)在籍者を起点とした追跡調査」では、3割以上の院生が「博士課程に進学すると修了後の就職が心配である」と回答。そのため博士課程に進まない院生も多いが、修士号取得後に就職している人は一定数いる。「大学院関連参考資料集」によると理系の就職率はほぼ横ばい。人文科学・社会科学系の就職率は2021年頃から上昇を続けており、極端に低いわけではない。そのため「大学院進学=就職できなくなる」と決めつける必要はないだろう。
追手門学院大学 茨木総持寺キャンパス
追手門学院大学の場合、5年一貫教育制度で修士課程を終えた院生の進路は多岐にわたる。一般企業への就職、公務員、博士課程への進学等、修士修了後の道は人ぞれぞれで、収束性はない。
修士時代に学会への参加機会が増えることも、就職につながっているという。学会に参加した企業の関係者から、直接声をかけられることもあるからだ。学会での発表は、「専門性の高い人材がほしい」と考えている企業へのアピールにもつながっている。
また、入学後の早いうちから学生に制度を伝えることも重要になりそうだ。
「本学では3年次に制度の紹介をしており、低学年層への周知が十分にできていないのも課題です。5年一貫教育制度を知った1、2年生が専門性を高めたいと思い、学びを深めてくれるのであれば、訴求する意義があると感じています。そうした学生が増えていけば、大学全体のメリットにもつながるかもしれません」(阿部教務課長)
さらに大学院そのものの魅力を向上させることも大切だと、阿部教務課長は課題感を持っている。
同大学の大学院ではこれまでも、時代に合わせた研究科の再編、学際性の充実などを進めてきた。学部でも取り入れている文理融合教育を継続させるとともに、専門性の深化だけでなく幅広い視野も身につけ、課題解決のできる人材を育成している。しかしまだまだ進化の余地はあるという。
「制度だけでなく、大学院自体の魅力も高めていくことが重要だと思います。本学の場合、海外からの学生の受け入れにも注力しているので、大学院入試の時期や形式を、より挑戦しやすいよう充足化を図ることも検討する必要があります。また、大学に理工学部が開設されたため、一期生の卒業時期に合わせて大学院での研究科設置も検討中です。受け入れの間口を広げる、科目や教員をさらに充実させるなど、今後も魅力向上に取り組みたいと考えています」(阿部教務課長)
これまでの学士・修士5年一貫教育 プログラムは、「個人の優秀さ」に依拠
これまでも、現行の法律の範疇で、学士・修士5年一貫教育プログラムを実施している大学はある。しかし、各大学における優秀な学生だけに限定された例外的な措置であり、プログラムの希望者がほぼ増えていない現状があった。
今のままでは大学院進学をスタンダードにすることは難しいため、国が主導して体系的な教育課程として制度化することが考えられた。
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