埼玉大学理学部の豊田正嗣教授は、神経を持たない植物が、外部からの力を感じた時にその情報をどのようにして全身に伝えるのか、オジギソウに触れるとなぜ高速で葉を閉じるのかなど、植物について研究されています。
豊田研究室を訪ね、研究内容について伺い、実験もさせていただきました。

 

GFP(緑色蛍光タンパク質)で、Ca2+(カルシウムイオン)を光らせる

 2022年と2023年に、豊田正嗣教授は世界で初めて、オジギソウが瞬時に葉を閉じる仕組みと、植物同士が香りを使ってコミュニケーションをとる様子を可視化することに成功しました。

「何を可視化しているかというと、カルシウムが主役になります。カルシウム(Ca)は、私たちの体の中に骨や歯の主成分として存在します。しかし、細胞レベルでの生理学的な役割を果たすのは、細胞のなかで溶け、電気を帯びたCa2+(カルシウムイオン)です。Ca2+は細胞の外に非常に多く、細胞の中は1万倍ぐらい少なく保たれていて、濃度に差があります。Ca2+を通す穴(イオンチャネル)が開くと細胞のなかにCa2+がどっと流れ込みます。その濃度の変化が信号(カルシウムシグナル)になります」

 このカルシウムシグナルは、地球上のあらゆる生物で生理学的な反応のスイッチとして働いていて、Ca2+の濃度が低い状態から急激に高い状態になると、たとえば脳のなかで神経伝達物質が放出されたり、筋肉が収縮したりするそうです【写真下】。Ca2+を可視化するために使うのがGFP(緑色蛍光タンパク質)。1962年に、発光するオワンクラゲに含まれるGFPを発見した下村脩博士は、2008年にノーベル化学賞を受賞しました。

「GFPは私たちの体内で作れませんし、通常、肉眼で見ることもできません。まずは、GFPが光るところをお見せしましょう。2つの容器の中でタンパク質を作り、うち一つにGFPが入っています」

 2つの容器は肉眼では同じように見えました。ところが、豊田教授が紫外線を当てると一つのチューブが光りました【写真下】

「GFPを使い、どのようにしてCa2+を見るかですが、遺伝子工学技術を用いてGFPを改変して作られたGCaMPと呼ばれる、カルシウムセンサータンパク質を使います。このGCaMPはCa2+をひっつけるとGFPが明るく光る性質があります。つまり、Ca2+を通す穴が開き、Ca2+が細胞の中に入るとGCaMPが緑色に光り始めます。その明るさで細胞中のCa2+の変化を可視化することができるのです」

 2000年に植物のゲノム解析が行われたとき、私たちの脳に存在し、記憶や学習に関与しているグルタミン酸受容体に類似した遺伝子が、脳も神経も持たない植物にもあることがわかり、多くの研究者が不思議に思いました。

 豊田教授は物理学科出身で、顕微鏡などの装置を作るのが得意なので、広視野蛍光顕微鏡と高感度バイオセンサーを用いたイメージングシステムを開発。2018年にこれらのシステムを使って、植物の体内を流れるカルシウムシグナルをリアルタイムで映像化することに世界で初めて成功。植物が虫にかじられたとき、グルタミン酸受容体を使って、かじられたという情報を伝達していることを解明しました。

「シロイヌナズナの葉を青虫がかじると、食べたところがピカピカ光り出しただけではなく、葉脈(維管束)を通って、その場所から遠く離れた葉まで光が広がっていく様子が衝撃でした。可視化に成功したことが、その後の研究の始まりとなりました」

 説明を受けた後、実験室に移動。光った様子を観察するために暗くした部屋で、シロイヌナズナの葉をハサミで切る実験をさせていただきました。ドキドキしながら葉を切ると、切った箇所のカルシウムシグナルが光り、全身に光が広がっていく様子がモニター画面に映し出されました【写真下】。「私が切った箇所が光った!普段、目に見えていないだけで、植物の体内ではこのようなことが起きているんだ」と思うと感動し、不思議な気持ちになりました。

オジギソウが瞬時に葉を閉じる仕組みを可視化

 カルシウムシグナルを可視化することに成功したことが、その後の世界初の2つの研究につながりました。一つ目がオジギソウについての研究です。子どもの頃、オジギソウに触れると葉が閉じるのが面白かったり、不思議に感じたりした人は多いのではないでしょうか。豊田教授らの研究グループは、遺伝子組換え技術によってCa2+がひっつくとGFPが緑色に光るGCaMPを持ったオジギソウを作り、どのような仕組みで葉を閉じるのか、なぜ閉じるのかについて研究しました。

 オジギソウの葉先を傷つけると、シロイヌナズナの実験結果同様に、まず近くの小葉枕と呼ばれる細かい葉の付け根部分が光り、その光がどんどん遠くへと広がる様子を撮影できました。そしてさらに、光った直後に小葉枕が折れ曲がって葉を閉じる様子も確認できました。これらのことから、葉先が傷つけられたときにカルシウムシグナルが伝わって、小葉枕の細胞内のCa2+の濃度が高くなって葉が閉じるという仕組みがわかりました。

 なぜ閉じるのかについては諸説あります。豊田教授のグループが約200年分の論文をチェックするとすべて仮説で、実験データを伴ったものはありませんでした。そこで、葉枕を壊してオジギをしないオジギソウを作り、食害実験で比較することにしました。

 両者を並べ、バッタに食べさせたところ、オジギをしないオジギソウが40%食べられたのに対し、オジギをするオジギソウは2 0%しか食べられませんでした。かじる様子の動画を見ると、オジギソウが葉を閉じたときにバッタの長い足が葉にはさまるところも観察できました【写真下】

「葉を閉じると足がはさまるだけではなく、足場も少なくなります。また、葉の裏には毛や棘があるので、葉を閉じたオジギソウをバッタが嫌っているのだと思います。このことから、オジギソウは葉を閉じることによって、昆虫から身を守っているのだと考えられます」

植物同士が香りを使ってコミュニケーションをとるのを可視化

 2つ目に紹介するのが植物間のコミュニケーションについての研究です。

 植物が葉を昆虫にかじられるとき、草を刈った時の青臭い緑の香りである青葉アルデヒド、香水に使われることもある森の香り・テルペン、ジャスミンの香りの主成分であるジャスモン酸メチルなど、さまざまな香りを空中に放出します。

「植物は自分で昆虫を攻撃できないので、昆虫が嫌がる香りで遠ざけたり、その昆虫を攻撃してくれる寄生蜂などをボディーガードとして呼び寄せる香りを出したりして、防御しています」

 この香りは、周囲の植物への危険信号としても使われています。たとえば野外で、ある植物が攻撃されたり、病気にかかったりすると、周りの植物は食べられにくくなったり、病気になりにくくなったりすることがわかっています。

「ただ、経験則でわかっていても、可視化できる実験データはありませんでした。それなら、私たちが得意とする可視化の技術を使って、植物間のコミュニケーションを動画でとらえようと考え、昆虫に葉をかじられたときに放出する香りを別の植物にかがせる実験を行いました」

 具体的には下の写真のように、トマトの葉を蛾の幼虫にかじらせ、そのときに出る香りを集めて、シロイヌナズナにポンプで送り、吹きかけました。すると、香りをかいだだけなのに、数分でカルシウムシグナルが全身で観察されたそうです。解析の結果、葉の表面にあり、ガス交換を行っている気孔から、昆虫にかじられたときに出る青葉アルデヒドを取り込んで、反応したことがわかりました。別の植物なのに、危険信号を送ったということです。

「別の植物が虫にかじられた香りに反応することを世界で初めて可視化したとき、ワシントンポストをはじめとする海外のメディアが日本よりもたくさん取り上げてくれました。アメリカでは遺伝子組換え植物はよく目にしますが、農薬や殺虫剤を使うことを嫌う人が比較的多い。一緒に育てると病害虫の発生を軽減する効果が期待できる『コンパニオンプランツ』に興味を持っている人も多いため、植物間のコミュニケーションに興味を持ってもらえたのだと思います」 

 豊田教授が開発し、世界にも類を見ない独自のイメージング技術で、これからも誰も見たことがない未知の世界を切り拓く研究成果が待たれます。

埼玉大学 理学部分子生物学科・大学院理工学研究科 生命科学専攻

豊田 正嗣教授

2002年名古屋大学理学部物理学科卒業。2008年名古屋大学医学系研究科細胞情報医学専攻博士課程修了。専門分野は生物物理学・植物生理学。NIKONJOICO AWARD2019最優秀賞「JOICO賞」、第65回日本植物生理学会奨励賞を受賞。香川県立丸亀高等学校出身。

 

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