東京都立大学大学院理学研究科 化学専攻の奥村拓馬 准教授らの研究グループ※は、最先端のX線検出器である「超伝導転移端センサーマイクロカロリメータ(Transition-Edge Sensor: TES)」を駆使し、新たなエキゾチック原子系「多価ミュオンイオン」の観測に成功した。
「エキゾチック原子」とは構成粒子の一部を他の粒子で置き換えた原子系。中性の原子から複数の電子を取り除くと高い正電荷の「多価イオン」が生成される。
「多価イオン」は、基礎物理学をはじめ、さまざまな科学分野において重要な役割を果たしている。特に、プラズマ(電離した原子や分子の集まり)の中に数多く存在し、「多価イオン」が放出する電子特性X線を測定することで、プラズマの状態を詳しく調べることが可能となっている。
今回、研究グループは「多価イオン」の新形態として、原子核と電子に加え、負電荷の素粒子「ミュオン」(重さは電子の207倍)を含むエキゾチック原子系「多価ミュオンイオン」に注目。この存在は理論的に予想されていたが、X線検出器のエネルギー分解能の限界や、周囲の原子からの速い電荷移行反応により、これまで実験的な観測は困難であった。
そこで茨城県東海村の大強度陽子加速器施設(J-PARC)の世界最高強度の低速負ミュオンビームを用いて実験を行い、多価ミュオンイオンの生成量を増やした。また、優れたエネルギー分解能と高い検出効率を持つ超伝導転移端センサーマイクロカロリメータ(TES)検出器を導入した。
これにより、低圧の気体原子を標的としたX線分光実験が実現し、電荷移行反応を抑制した条件下の測定が可能になった。そして、TES検出器の卓越したエネルギー分解能により「多価ミュオンイオン」に束縛された電子の個数とその量子状態までを識別した詳細な観測に成功した。
「多価ミュオンイオン」は、1つの原子核に電子とミュオンという異なる2種類の荷電粒子が同時に束縛された、極めてユニークな量子少数多体系であり、その性質の解明は、新たな研究分野の開拓につながることが期待される。
※研究グループ
・東京都立大学大学院理学研究科 化学専攻 奥村拓馬 准教授
・理化学研究所開拓研究所 東俊行 主任研究員(高エネルギー加速器研究機構量子場計測システム国際拠点特任教授)
・理化学研究所開拓研究所 橋本直 理研 ECL 研究チームリーダー(仁科加速器科学研究センター理研 ECL 研究チームリーダー)
・高エネルギー加速器研究機構 量子場計測システム国際拠点 早川亮大 研究員
・高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 下村浩一郎 特別教授
・自然科学研究機構核融合科学研究所研究部 プラズマ量子プロセスユニット 加藤太治 教授
・東北大学大学院理学研究科 化学専攻 木野康志 教授
・東北大学大学院理学研究科 天文学専攻 野田博文 准教授
・立教大学理学部物理学科 山田真也 准教授
・中部大学 岡田信二 教授
・中部大学 外山裕一 特任助教
・東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 高橋忠幸 特任教授
・筑波大学計算科学研究センター Tong Xiao-Min 准教授
論文情報:【Physical Review Letters】Few-electron highly charged muonic Ar atoms verified by electronic K x rays