新潟県・燕三条地域は、300年の歴史を持つ「ものづくり産業の集積地」として知られている。しかし「良いものさえ作っていれば売れる」という時代は、終わりを告げつつある。今、ものづくりの現場では、生み出したプロダクトやサービスを社会に届けたり、デジタル技術を活用して生産現場を変革したり、持続可能なものづくりを実現したり、新しい価値を創造できる人材が求められている。このような考えのもと、三条市立大学は工学部 技術・経営工学科の「カリキュラムの大幅拡張」と「定員増」を決断した。和田浩志学部長、土井根礼音准教授に、その狙いと可能性を聞いた。

 

ものづくりを担うすべての人材に「デジタル」の力を——カリキュラム拡張の背景

三条市立大学は2021年4月に開学した工学系の単科大学だ。「工学」領域を複合的に学んで多様な視野と新たな創造力を育み、優れた発想を社会に実装していく「マネジメント」の力を身につけ、「産学連携実習」で実践的な力を習得する――既存の枠組みにとらわれず、「工学」「マネジメント」「産学連携実習」の3つを軸に掲げた独自のカリキュラムにより、新たな価値を創出する「イノベーティブテクノロジスト」を育成してきた。

そんな同学がカリキュラムの拡張と定員増を決断した発端は、先進IT人材の不足にある。DXやGXが進む社会の中で、2030年には先進IT人材が約54万人不足するとも言われており、ものづくり分野でもデジタル人材の育成が急務となっている。そこで、同大学は工学部に「グリーン・デジタル学科」を設置することを検討し、文部科学省の「大学・高専機能強化支援事業」の第2回公募において、「支援1(学部再編等による特定成長分野への転換等)」の分野に採択された。

しかし、地場の企業にアンケート調査やヒアリングを行う中で、方向性に変化があった。

「ものづくりを担う人材と、デジタル分野に長けた人材を別々に育成するのではなく、デジタルの知識を備え、ものづくりに生かせる人材を輩出してほしいという要望が非常に強かったのです」と学部長の和田浩志教授。

ものづくりの現場では、DX化への興味・関心はあっても、人材不足やノウハウの不足などから実現に至っていないケースが非常に多い。こうした状況を鑑みて、三条市立大学は学科を新設するのではなく、「既存の技術・経営工学科にデジタルの学びを拡張し、入学定員を80名から120名に増員する」という決断を下した。

「ものづくりとマネジメントを並行して学ぶ本学の複合的なカリキュラムは、すでに社会で認知されつつあります。そこにデジタルの知識やスキルを融合させ、新たなイノベーション創出に資する人材の育成を目指すことになったのです」と、和田学部長は語る。

現場のデータから課題を発見し、改善につなげる——デジタル教育の焦点

冒頭で紹介したように、三条市立大学のカリキュラムは「工学」「マネジメント」「産学連携実習」の3つを軸としている。工学科目では、機械、材料、電気・電子、情報・制御、ロボットなど幅広い科目が用意されており、学生たちは分野の垣根を越えて複合的に学ぶことができる。また、「経営学」や「R&Dマネジメント」「起業経営論(アントレプレナーシップ)」など、マネジメント科目も豊富に用意されている。

それらに加えて、2027年度に予定しているカリキュラムの拡張により、「DX/GXリテラシ」「XR(Extended Reality)基礎」「生成AI基礎」「XRシミュレーション」など11のデジタル領域科目が新たに開講される。

XRを活用した研究を行っている土井根礼音准教授は、これらデジタル領域における教育に携わる。

「新カリキュラムでは、工学とマネジメントに加えて、IoTやAI、データサイエンスの技術や考え方を体系的に学びます。ものづくりの現場から必要なデータを集めて分析し、課題発見や改善を行うのはもちろん、新しい『ものづくり』につなげていく力を育むことを目指しています」と土井根准教授。「つまり、デジタル技術を習得するだけでなく、それをものづくりの現場に生かしていく視点が大切です。特に『産学連携実習』は、デジタル技術を現場に生かす力を育む最高の機会となることでしょう」

「産学連携実習」は2年次に3社で各2週間(計6週間)、3年次に1社で16週間に渡って実施される実践教育プログラムで、2027年度以降もカリキュラムの中核に据えられる。三条市立大学は燕三条地域の企業を中心に190社以上の企業と連携しており、「企画」「開発」「生産」という異なる分野を経験できる。今後はIT系企業の実習先をさらに広げ、カリキュラム拡張とともに進化させていく。

「現場の目線に立つと、さまざまな課題が見えてくることでしょう。どうすれば、自社の利益を生み出すことができるのか。どうすれば、労働者の負担を軽減することができるのか。新カリキュラムで得た学びをもとに、産学連携実習で課題解決につながるイノベーションを考え、知識や理論から実践できる力を身につけてほしいと考えています」と土井根准教授。

XR技術を活用した技術継承もその一例だ。

「例えば職人の動きをデータ化し、再現できる仕組みをつくったり、仮想空間で新人研修を行ったりすることで、熟練職人の技術を効率的に伝承できます。担い手不足の解消や技術の断絶を防ぐ可能性も期待できるのではないでしょうか」

ただし、土井根准教授はデジタル化の「光」だけでなく、「影」の側面にも目を向ける。

「『デジタル化・自動化が進むと、新人の技術者が自分で工夫・判断する機会が失われてしまう』という懸念があります。また、スマートファクトリー化により、工場内の機械やカメラ、センサがネットワークにつながることで、機械の稼働状態や製品の生産状況、労働者の行動をデジタルで捉えることができ、生産性の向上、品質向上、労働災害の防止などが期待される一方で、『機械やカメラ、センサへの不正アクセスおよび改ざんによる誤動作や停止、製品の品質低下、機密情報の漏洩』のリスクもあります。そのため、学生たちにはデジタル導入によるベネフィットとリスクの両面を理解したうえで、現場に適した取捨選択ができる力も身につけてほしいですね」

燕三条の技術を守り、デジタルで進化させる——ものづくり×デジタルの可能性

学部長の和田教授は、ものづくりとデジタルをかけ合わせた学びの可能性について、こう語る。

「デジタルと聞いて多くの方が、『標準化』や『効率化』をイメージされることでしょう。しかし、燕三条地域のものづくりを標準化したら燕三条らしさが失われてしまいます」

では、どのようにしてものづくりにデジタルを掛け合わせていくのか。和田学部長が提示するキーワードは「洞察力」だ。なにが燕三条らしい技術なのかを見極める「洞察力」が重要で、そこをデジタルの力で強化していくことが求められる。

「例えば金属の3Dプリンターを使えば、すでに金型を廃棄してしまった部品であっても少量単位で製造できます。大量生産はできなくても、高付加価値の製品であれば利益を生みますし、ビジネスとして成立します。そうすることで埋もれていた中小企業が、独自の価値を持つメーカーに成長する可能性だってあります」

ものづくり×デジタルの掛け合わせが生む可能性は非常に高い。

「デジタルを掛け合わせることで、1×1が3や5になることもある。そのことに学生自身が気づき、考え、そして実践していくことで、イノベーションを生み出すことを期待しています」

和田学部長は、幅広く学びながらも「自分だけの強み」を見つけることもまた重要であると語る。

「知識や技能を入れるポケットを増やすことが大事です。ただし、ただ増やすだけでは平準化してしまう。ポケットを増やしながら、興味・関心のある分野を見出し、その分野に関しては『誰にも負けない』と誇れるくらいに究めてほしいですね」

ものづくりの本質を見失わずにデジタルを活用できる人材に——卒業生が切り拓く未来の姿

新カリキュラムでものづくりとデジタルの両方を学んだ卒業生は、どのような未来を切り拓くのか。三条市立大学では、機械設計やプロダクトマネージャー、生産技術エンジニア、経営企画など幅広い職種を目指せるが、デジタルの知識も備えることで、AIプロダクト開発者やDX推進マネージャー、デジタルマーケター、データエンジニアなど、目指せる職種に広がりをもたせることができる。

「品質管理やIoTやAIを活用した生産システムの構築、さらには新しいビジネスの創出など、幅広いフィールドで力を発揮できる人材になってくれると期待しています」と、土井根准教授は活躍の場の広がりに言及する。

今回の教育課程におけるデジタル領域の拡張及び定員増は、これからのものづくりに大きなイノベーションを起こしていくことだろう。ものづくりとマネジメント、そしてデジタルの力を備え、ものづくりの本質を見失わずにデジタルを活用できる人材。これこそが、三条市立大学が育てようとしている次世代の「イノベーティブテクノロジスト」の姿である。

最後に、三条市立大学の受験を検討している高校生・保護者に向けて、和田学部長にメッセージを聞いた。

「自らの夢を追求してやり切る——そんな意欲のある学生に来てもらいたいですね。本学の学びを通じて『やり切った』という成功体験を得られれば、それは皆さんのその後の人生に必ず生きるでしょう。熱意ある皆さんの入学を心よりお待ちしています」

三条市立大学 工学部長

和田 浩志(わだ ひろし)教授

大手化学メーカー(AGC株式会社)で35年間にわたり、高分子素材の研究開発・生産技術・製品の成形加工などの第一線で活躍。2022年、三条市立大学工学部教授に着任し、2025年4月より現職。専門は有機化学・高分子化学・技術経営(MOT)・知財戦略。

三条市立大学 工学部 技術・経営工学科

土井根 礼音(どいね れのん)准教授

東京電機大学大学院で博士号(工学)を取得後、同大学総合研究所助教などを経て、2026年4月より現職。専門は知覚情報処理工学・人間医工学。AIやXRを活用した技術継承システムや脳神経疾患の早期診断支援システムの開発に取り組む。

 

三条市立大学

工学×マネジメントの学びで、世界を好転させる

三条市立大学は、2021年4月、ものづくり産業の集積地である燕三条地域に開学しました。地域全体をキャンパスとして、この地に蓄積されたプロフェッショナリズムから学び、多様な工学・マネジメント教育も合わせて行い、既存の価値観に捉われない新たな価値を創造できる人材「[…]

大学ジャーナルオンライン編集部

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