「よい問い」から深まっていく社会人大学院の学び

 社会人大学院というと、「夜間や週末に大学院へ通い、教授の講義を受ける場所」というイメージを持つ人もいるかもしれません。もちろん、講義形式の授業もあります。しかし、社会人大学院の学びの中心は、講義を聞くことだけにあるわけではありません。

 少人数でのディスカッション、ケースメソッド、グループワーク、プレゼンテーション、フィールドワーク、研究発表など、大学院生自身が考え、話し、書き、発表する場面が多くあります。とくに社会人大学院では、大学院生一人ひとりが仕事や社会経験を持っているため、その経験自体が授業の大切な素材になります。

 教員から知識を受け取るだけではなく、自分の経験を持ち寄り、他の大学院生の経験と照らし合わせながら考える。そこに、社会人大学院ならではの学びがあります。

 筆者自身も2022年から2年間、社会人として大学院で学んだ経験があります。入学前は、大学院での授業とは高度な知識を教わることを想像していました。実際には、知識を得るだけでなく、自分の仕事、自分の考え方、自分の判断の癖を何度も問い直す時間でした。社会人大学院は、学問を通じて自分の実務経験を見つめ直す場でもあるのです。

少人数授業では、発言や質問が学びの一部になる

 社会人大学院では、少人数で授業が行われることがあります。少人数授業では、教員との距離が近く、大学院生同士の発言も授業の流れに大きく影響します。

 講義を聞いてノートを取るだけでなく、自分の意見を述べたり、他の大学院生の考えに質問したりすることが求められます。最初は、「こんなことを言ってよいのだろうか」「自分の経験は学問的に意味があるのだろうか」と不安になる人もいるでしょう。私もそうでした。また、「知らない」「わからない」ということが恥ずかしいとさえ思っていました。

 教授がよく話していたのが、「質問力を鍛えなさい」ということでした。私が通った社会人大学院では「珠玉の質問」という言葉を使っていましたが、教授からは「いい質問ですね」と言われることや、同じ大学院生からは「よくぞ聞いてくれました」と言われることが、社会人同士の学びの場ではもっとも大切なことだと感じています。

 しかし、社会人大学院では、仕事の現場で感じてきた疑問や違和感が、重要な学びの入口になります。ある大学院生の発言が、別の大学院生の経験とつながり、そこに教員が理論的な視点を加えることで、教科書だけでは見えなかった理解が立ち上がることがあります。

 筆者自身も、大学院での議論を通じて、自分が仕事の中で何となく大切にしてきたことを、言葉にする経験を重ねました。自分では当たり前だと思っていた判断が、他の大学院生から見ると新鮮に映ることがあります。反対に、自分にはなかった視点に触れて、これまでの考え方が静かに揺さぶられることもあります。

 少人数授業では、正解をすばやく答えることよりも、自分の考えを言葉にし、他者の考えを受け止め、もう一度考え直す姿勢が大切です。

事前課題、発表、レポートまで含めて授業が設計されている

 社会人大学院の学びは、授業時間だけで完結するわけではありません。多くの授業では、事前に文献や資料を読み、課題に取り組んだうえで授業に参加します。授業後には、レポート提出や発表準備が求められることもあります。

 ケースメソッド型の授業では、事前に企業事例を読み込み、自分ならどのように判断するかを考えておく必要があります。研究型の授業では、先行研究を読み、自分の研究テーマと関連づけて考えることが求められます。実務家教員の授業であっても、経験談を聞くだけではなく、それを自分の課題にどう引き寄せるかが問われます。

 社会人にとって難しいのは、仕事や家庭の時間と、大学院での学修時間をどう両立させるかです。平日夜間や土日の授業であっても、予習、復習、レポート、グループワークの時間は別に必要になるからです。

 入学前には、授業の時間割だけでなく、週あたりどの程度の学修時間が必要か、レポートの頻度はどれくらいか、グループワークはどのように行われるかを確認しておくとよいでしょう。説明会などに参加して、実際に通っている先輩社会人大学院生の話を聞いてみることをおすすめします。

 社会人大学院は、忙しい人でも学べるように工夫されています。しかし、「忙しくても何もしなくてよい」場所ではありません。限られた時間の中で、学びの優先順位をどうつくるかも、大学院生活の大切なテーマになります。

オンラインやハイブリッドで学び方は広がっている

 近年の社会人大学院では、オンライン授業、ハイブリッド型授業など、学び方の選択肢が広がっています。オンライン授業とは、大学院に通学せず、自宅や職場などからインターネットを通じて授業に参加する形式です。ハイブリッド型授業とは、同じ授業に、教室で対面参加する大学院生と、オンラインで参加する大学院生が同時に参加する形式を指します。

 オンライン授業では通学時間を減らせるため、遠方に住んでいる人や、仕事後に移動することが難しい人にとって大きなメリットがあります。

 ハイブリッド型授業では、同じ授業に対面参加する大学院生と、オンラインで参加する大学院生が同時に学ぶことがあります。大学院によって運用方法は異なりますが、働きながら学ぶ社会人にとって、学修継続の可能性を広げる仕組みといえます。筆者も国内外への出張と授業が重なった場合など、どうしても対面授業に参加できないことがありましたが、ハイブリッド型での授業参加ができたことで、対面式となんら変わらずに密度の濃い授業参加ができたことはありがたいことでした。

 ただし、オンラインで受けられるからといって、学びが楽になるわけではありません。画面越しの授業でも、事前準備、発言、課題提出は必要です。また、対面授業に比べて、大学院生同士の何気ない会話や関係づくりが生まれにくい場合もあります。

 大学院を選ぶ際は、「オンライン対応かどうか」だけでなく、オンラインでも質問しやすいか、グループワークはどのように行われるか、録画視聴だけで単位修得できる科目もあれば、リアルタイム参加が必要な科目もあります。それぞれの違いも確認しておきましょう。

ゼミは、自分の問いを深めるための場

 社会人大学院の教育方法を考えるうえで、ゼミの存在も重要です。ゼミとは、教員の専門分野や研究テーマに沿って、少人数で学びを深めていく場です。講義科目で幅広い知識を学ぶのに対し、ゼミでは、自分の問題意識や研究テーマを継続的に掘り下げていきます。社会人大学院では、修士論文や課題研究、プロジェクト研究などに向けて、ゼミや演習形式の指導が行われることがあります。

 社会人大学院生の場合、研究テーマは自分の仕事や実務経験と結びつくことが少なくありません。経営、教育、福祉、心理、地域、医療、看護など、それぞれの現場で感じてきた疑問を、学問の言葉で捉え直していきます。

 ゼミでは、教員から指導を受けるだけでなく、他の大学院生の研究発表を聞き、自分も発表し、質問や助言を受けます。自分では当然だと思っていた前提に問いが投げかけられたり、別の文献や考え方を紹介されたりすることで、研究テーマの輪郭が少しずつはっきりしていきます。

 筆者は社会人大学院でマーケティングのゼミに所属していました。ゼミでの学びは、単に修士論文を書くための技術指導ではありませんでした。自分が何にこだわっているのか、なぜそのテーマを考えたいのか、その問いは社会や組織にとってどのような意味を持つのか。そうしたことを、教員やゼミの仲間との対話を通じて掘り下げていく時間でした。また、自分の研究テーマだけではなく、他のゼミ生の論文のテーマについても「自分事」として捉えるように指導されていました。

 ゼミの良さは、すぐに答えが出ない問いを、あきらめずに抱え続けられることです。仕事の現場では、早く結論を出すことが求められます。しかし大学院では、あえて立ち止まり、問いを磨き、考えを深める時間があります。

 大学院を選ぶ際は、カリキュラムや授業時間だけでなく、どのようなゼミがあるのか、教員の専門分野は自分の関心と合っているか、ゼミでどのような研究指導が行われているかも確認しましょう。社会人大学院におけるゼミは、自分の経験を研究へと育てていくための、大切な学びの場なのです。

大学院生同士のつながりも、学びの一部になる

 社会人大学院で得られるものとして、多くの修了生が挙げるのが、大学院生同士のつながりです。同じ時期に、仕事や家庭を抱えながら学ぼうとする仲間との関係は、単なる人脈という言葉だけでは言い切れないものがあります。

 授業中の議論、グループワーク、研究発表、修士論文や課題研究に向けた励まし合いの中で、互いの問題意識や人生の歩みを知ることがあります。職場では出会わない業界や世代の人と学ぶことで、自分の世界が広がります。

 筆者自身にとっても、社会人大学院で出会った仲間や教員との関係は、修了後も大きな財産になりました。授業で得た知識だけでなく、「この人はなぜ学ぼうとしているのか」「どのように仕事と学びを結びつけているのか」に触れることが、自分自身の学び方を考えるきっかけになりました。

 もちろん、大学院へ入れば自動的に人脈ができるわけではありません。発言する、質問する、相手の話を聞く、研究会や交流の場に参加する。そうした小さな関わりの積み重ねが、学びを深めていきます。

自分の仕事や人生を、学びの題材にできる

 社会人大学院の教育方法の特徴は、学問と実務を往復できることにあります。授業で学んだ理論を職場で試し、職場で感じた疑問を大学院へ持ち帰る。その往復の中で、学びは少しずつ自分のものになっていきます。

 社会人大学院では、仕事の経験があること自体が強みになります。成功体験だけでなく、うまくいかなかった経験、迷った経験、言葉にできない違和感も、研究や議論の入口になります。

 筆者自身も、大学院で学ぶ中で、編集の仕事や取材の現場で感じていたことを、経営学や組織論の視点から捉え直す経験をしました。仕事を離れて学ぶのではなく、仕事を持ったまま学ぶからこそ、理論が机上の知識で終わらず、自分の現場と結びついていきます。

 大学院での学びは、単に知識を増やすことではありません。自分の経験を問い直し、他者の経験と照らし合わせ、学問の言葉で考え直すことです。その過程で、仕事の見え方や、自分自身の役割の捉え方が変わることがあります。

 社会人大学院の教育方法は、多様化しています。対面、オンライン、少人数討議、グループワーク、ゼミ、研究発表。形はさまざまですが、共通しているのは、大学院生自身が主体的に学ぶことです。社会人大学院は、教えてもらう場所であると同時に、自分の経験を学びに変えていく場所なのです。

 

文:たねとしお

社会人大学院や通信制大学など、社会人向け学習情報誌・WEBサイトの編集に長く携わる。「仕事力」をテーマにした新聞連載をはじめ、これまでに累計5,000人以上にインタビューを行う。会社経営の傍ら社会人大学院に通学し、2024年にMBAを取得。「学びで人生を豊かに生きる」をテーマに、社会人の学びに関する発信活動を行っている。インターネットラジオ「ゆめのたね放送局」『社会人大学院へ行こう』番組パーソナリティ。株式会社案 代表取締役社長。学校経営ディレクター(京都大学私学経営アカデミー)。

 

大学ジャーナルオンライン編集部

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