2026年度、ある私立大学の授業「数学入門」シラバスにこんな記述がある。

■テーマ中学や高校までの数学の知識を点検しながら、現代数学の理解につながる考え方を身につける.論理や集合を学習しつつ、抽象的な概念の取扱いを習得する.

■到達目標

1.数の取り扱いの基本を身につける

2.方程式や不等式の取扱いの基本を身につける

3.初等関数の定義を確認する

4.論理と集合の取り扱いを習得する

■授業概要

講義の基本手順は次の通り:

1)基本概念の定義や説明

2)重要な定理や公式の紹介

3)それらを具体的に使う例題

<以下、略>

 


 財務省からすれば、「これらは大学教育で行う内容ではない」ということになるだろう。今年4月、同省の財政制度分科会では大学の定員削減問題が議論され、中での総合的な国力の強化」を進めるため、次のような提案がなされた。

「2040年までに一定のペースで規模の適正化を図る場合は、国立大学の学部定員は年間1,700人程度、私立大学の学校数は少なくとも年間16校、学部定員は年間8,700人程度の縮減が必要となると推計される」

 

 2024年624校の私立大学を2040年に217 ~372校まで減らすという「適正化」の要請である。

 そして、もう1つが学力問題だ。

「四則演算から始める。少し背伸びして微分などの理解も」「文型の基本とbe動詞の基本的な機能を整理」「定員割れ私立大学の中には小中学校・高校までに学ぶような内容の授業が行われている大学も見受けられる」

 

 こうした現状から、「学位取得者の一定の質を確保」するために「大学の規模適正化」を求めている。つまるところ、「小中学校・高校までに学ぶような内容」の大学は必要ない、ということだ。大学生の学力水準の低さに関するテーマについては、2020年代半ばのいま急に持ち上がったことではない。

2010年代、週刊誌がこんな報道をしている。

◆「本当にあった『バカ田大学』 授業はアルファベットの書き方から」
週刊ポスト 2011年11月10日号

 記事ではシラバスとして、辞書の使い方、be動詞、小数の計算、円の面積など、が紹介されていた。

◆「文科省委員会が調査してわかった日本の「人口減少社会のアホバカ大学」
フライデー 2015年3月27日号

 記事にはこの大学の講義「教養基礎講座」のシラバス(授業計画)が次のように紹介されている。「日本語による表現能力の向上と基本的知識の修得を目的とします」「英語で書かれた文章を読み解く。第2回be動詞、第3回一般動詞」「数理的な考え方やその処理方法は基礎から学ぶ。第2回小数表現、分数表現。第3回不等式」。

◆「be動詞のおさらい、小・中学校レベルの数学…Fランク大学の驚くべき授業内容」
週刊新潮 2017年1月26日号

 執筆者の教育ジャーナリストは批判的に取り上げ、揶揄している。
「たとえば、河合塾のランキングで偏差値35の○○大学の「1年英語(B)Ⅰ」では、〈be動詞と一般動詞・単数形と複数形〉として、2回にわたってbe動詞を学んでいる。あまつさえ、この授業の「準備学習等の指示」には、「辞書を持ってくること。予習をしておくこと」と書かれている。頭が混乱しかねないので念のために申し添えるが、中学1年生への指導ではないのである」。

 3つの記事ともいずれも大学は実名で記されている。本稿ではネット上でむしかえされて「二次被害」を防ぐために名前を伏せた。財務省は「大学の規模適正化」を進めるにあたって、学力水準が低い学生が通う大学を切り捨てようとしている。

 だが、こうした政策は1980年代までの大学進学率20%台の大学観から引っ張り出されたもので、2020年代半ばの進学率60%近いいま、あまりにも現状とそぐわないのではないか。

 社会全体が大学卒人材を求める。全国各地に大学が誕生する。これまで高い学力を求めなかった専門職養成の専門学校や短大が四年制大学に生まれ変わる。当然、大学にはさまざまな学生が入ってきた。さらに、やっかいなのは少子化が加速したことである。人口が減っているのに、学生が増えれば、さまざま=多様で学力にバラツキの見られる、いやこんなオブラートにつつんだ言い方はやめよう。学力水準が低い学生が増えても何ら不思議ではない。一方、大学運営を安定させるため、年内入試で学力を重視せずにむりに学生を受け入れたところがあるのも現状だ。財務省はこうした大学の現状をわかっているはずだが、それでも切り捨てる発想で「国力の強化」に取り組もうとしている。

 財務省は役人の多くが通っていた東京大など難関大学を基準に、いまの大学を捉えるのはそろそろやめてほしい。

 どこも東京大にはなれないのだから。

 わたしは、前出の「本当にあった『バカ田大学』」と名指しにされた大学を訪問したことがある。シラバスの狙いについて、学長は次のように説明してくれた。

「英語や数学が嫌いな学生は中学時代の躓きで先に進めなくなったことがわかった。それゆえ、中学時代からのやり直しの必要性を感じ、中学高校レベルの学習内容が記されたシラバスを作った。私たちはそれを正直にウエブサイトに公開した。同じような教育を行っている大学の中には表にしていないところもある。でも、私たちは隠すようなことはしない、恥じていないからだ。私たちは、勉強嫌いになった状況を放置され続けた学生を受け入れ、高等教育を受ける意欲を取り戻させることまで請け負っている」

 

 すばらしい教育観である。

 提案がある。2年次までは教養教育の1つとして、中学高校のやり直しをある程度は認めたらどうか。学生はそれをクリアできないと3年次以降に進めない、とか。

 大学の質保証を高いレベルで問うことより、基礎学力を中学高校のレベルであっても確かなものにすることが大切ではないか。大学は「小・中学校レベルの数学」「be動詞」を教えて何が悪い。これらの教育は今後ますます求められるだろう。それを前提に大学政策を考えてほしい。

教育ジャーナリスト 小林 哲夫 さん

1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト。朝日新聞出版「大学ランキング」編集者(1994年~)。近著に『日本の「学歴」』(朝日新聞出版 橘木俊詔氏との共著)。

 

大学ジャーナルオンライン編集部

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