2009年に武蔵工業大学から名称変更し、今や文系学部を含む8学部18学科を擁する総合大学へと発展した東京都市大学。2029年の創立100周年を見据え、2027年度には新たに学部等連係課程「創発デザイン工学環」を開設する。学部等連係課程とは、2019年の大学設置基準改正によって創設された制度で、複数の学部・学科が連係しながら、学際的・融合的な教育を実践するもの。従来の学部の枠を超えた新たな学びのしくみとして、近年注目を集めている。東京都市大学が開設する新たな工学教育について、学環長就任予定の白木尚人教授のお話も交えて、その狙いと展望を探る。

 

創発デザイン工学環が入る予定の6号館

「創発デザイン工学環」が目指す学び

 学部等連係課程という新たな学びのしくみは、複数の連係協力学部の教育課程を横断できることが特徴だ。東京都市大学の「創発デザイン工学環」では、理工学部、建築都市デザイン学部、情報工学部の3学部11学科を連係協力学部・学科とし、機械・竃気・建築・情報などの工学分野を広く横断しながら授業科目を選択する。

 注目したいのは、「複数分野を学ぶ」こと自体が目的ではない点だ。創発デザイン工学環が重視するのは、複数の工学技術を、必要に応じて選び、組み合わせ、試作(プロトタイプ)と検証を通じて発想を具体へと進めていく学び方である。一つの技術だけでは届かないことも、技術同士をつなぐことで、できることの幅や表現の可能性が広がる。そうした組み合わせの中から、これまでになかった解の形や新しい価値が立ち上がっていくことを「創発」と捉え、その起点となる学びの循環を、学部横断のカリキュラムと試作(プロトタイプ)中心の学修によって育てようとしている。「学環」という名称には、専門科目の“つながり”や、試作を通じて「つくる」と「考える」を“循環”させる意味を込めた。

 この構想を支える基盤の一つが、東京都市大学が2021年から展開してきた「ひらめき・こと・もの・くらし・ひと」づくりプログラムの実績だ。このプログラムは探究の学びを現実の解へ近づけるものとして、文部科学省の「知識集約型社会を支える人材育成事業」にも採択された。創発デザイン工学環は、こうした取り組みで培ってきたノウハウを土台に、学部横断の枠組みの中で新たな学びを体系化・発展させようとしている。

分野横断の学びを統合的な学びへ

 分野横断の学びは、いまや多くの大学創発デザイン工学・環が目指すのは、課題に応じて知識や技術を“使える形”に束ね直していく「統合的な学び」である。

 ではそもそも、学部が連係して分野横断の学びを進めることが、今、なぜ求められているのか。その背景には、現在の解決すべき社会課題が複雑さを増してきたということがある。例えば環境分野であれば、気候変動のように複雑な事象が絡まり合う課題は、一つの専門分野だけでは捉えきれず、複数の知識や技術を組み合わせて初めて解決に近づける。こうした要請は、生命倫理や今日の AI倫理といった新たな論点に限らない。伝統的な文系の学問を含め、いまや多くの領域で共通する前提となりつつあるからこそ、「横断して学ぶ」だけでなく、「統合して使う」学びが重要になっている。

 この点について、学環長就任予定者で機械工学が専門の白木尚人教授は、日本の工学教育を見てきた実感として、「以前から日本の工学教育については、機械、電気、情報、建築など、各分野で専門化は進むものの、それぞれが十分につながっていないのではないかと感じてきた」と語る。さらに白木教授は、分野横断の狙いは専門性を曖味にすることではなく、土台を確かにした上で掛け合わせる点にあるとして、「だからこそ、工学においてもしっかりと基礎となる知識・技術を身につけた上で、異なる分野の知識を掛け合わせ、新しい価値を生み出していく力が求められている」と続ける。分野横断を出発点にしながら、その先で知識と技術を“つながる形”にしていくこと一創発デザイン工学環が日指す統合的な学びは、こうした問題意識とも重なっている。

デザインスタジオ(仮称)で培う「設計する力」

 創発デザイン工学環が掲げる「デザイン」は、意匠としてのデザインに限らない。課題を発見し、問いを立て、仮説を置き、必要な技術を選び、試作し、検証結果を踏まえて改善する一そうした一連のプロセスを回しながら解を更新していく、いわゆる「デザイン思考」の実践を重視している。そのプロセスを設計し、前に進めていく力こそがこの学環で培う“設計する力”であり、机上の理解にとどめず実践として鍛える場所となるのがデザインスタジオ(仮称)だ。

 デザインスタジオには、工作機器・計測器・3Dプリンタをはじめ、IT設備や映像設備などが整備されている。ここは単なる制作スペースではなく、アイデアを形にして確かめ、うまくいかなければつくり直すという、試作(プロトタイプ)と検証のサイクルを回すための場所である。試作は“完成品づくり”ではなく、仮説を検証するための手段だ。何を確かめるのか、どこまで作れば良しと判断できるのか、どの条件を優先するのかーこうした判断を繰り返していくことがこの学環の特徴的な学びでもある。

 なお、このスタジオでの学びを支える演習科目として、例えば『工学表現演習」では、プレゼンテーションの基礎や静止画・動画編集ソフトの操作を身につけ、課題の成果を「分かりやすく」「美しく」伝える力を養う。「デジタルモデリング演習』では、3Dモデリングやプログラミング、電子工作の基礎を学びながら、プロダクトやサービスの試作を通して複合的なデザイン力を身につける。そして『プロトタイピング応用演習」では、前段の学びをベースに、社会実装を見据えた具体的な構想と試作検証を重ねることで、創発デザインのための実践力を磨いていく。

 デザインスタジオという“場”が試作と検証の密度を高め、関連する演習科日群がプロセスを段階的にガイドする。両者が連動することで学生は、知識を並列的に身につけて終わりとするのではなく、統合的な学びの手応えを自分のものにしていく。

社会実装へ 「デザイン思考」の学びを社会に接続する

 「使いやすさだけでなく安全性、合理性まで含めて考え抜かれていないと、本当に美しい製品とは言えないし、そういうものを作る感覚を身につけようと思えば、何度も繰り返し試作してみることが大事だ」。ものづくりの本質を「機能美」と捉える白木教授は、手を動かしながら考えることの重要性をこう語る。見た目の意匠を整えるだけではなく、機能が成立し、安全で安心して使うことができてはじめて “美しい”と呼べる一その考え方は、創発デザイン工学環が重視する試作と検証の学びと直結している。

 そして、その試作と検証を学内で完結させず、社会の現場へ接続していく段階にあたるのが「社会実装」だ。社会実装とは、技術を社会に押し出すことではない。ユーザーや現場の要請、コスト、法規、安全性、保守・運用といった外部条件を踏まえ、解決策を成立させるプロセスである。優れたアイデアや高い性能があっても、使われない、統かないという壁にぶつかるのは珍しくない。だからこそ、プロトタイプは完成品の前段階ではなく、関係者との対話を生み、条件を可視化し、改善点を見つけるための“検証装置”となる。

 社会実装の場では、工学的に「できること」と、社会の側から「求められること」の間にギャップが生まれる。そのギャップを埋めるには、性能や機能の最適化だけでなく、誰がどう使うのか、どこで運用されるのか、どんな制約のもとで継続できるのかといった条件を読み取り、解をつくり直していく視点が欠かせない。つまり社会実装とは、デザイン思考の循環を、より複雑な現実の中で回し続けることにほかならない。

 創発デザイン工学環が育てようとしているのは、作って終わらず、考えて終わらず、両者を往復しながら価値へつなげられる人材である。分野をまたいで技術を束ね、試作(プロトタイプ)で確かめ、条件に合わせて更新し、社会に届く形にする。このような一連のプロセスを設計できる力こそが、本学環のいう「クロスオーバー人材」像であり、これからの工学に求められる実践力でもある。

東京都市大学 創発デザイン工学環 学環長就任予定者

白木尚人先生

東京都市大学 理工学部教授博士(工学)

 

東京都市大学

理工系DNAを持つ総合大学。時代と社会が求める「未来を変える」学びが始動

創立90年を超える東京都市大学は、2キャンパス8学部18学科を擁する総合大学です。関連分野では相互に連携しながら教育・研究を進めています。専門の学習・研究に直結した実践的なプログラムとして、国内外の大学や海外の研究機関と共同で、これまでに数多くのフィールドワー[…]

大学ジャーナルオンライン編集部

大学ジャーナルオンライン編集部です。
大学や教育に対する知見・関心の高い編集スタッフにより記事執筆しています。