高大接続改革が進む中、学習や課外活動などのプロセスをICTを使って記録するeポートフォリオに注目が集まっている。こうした中、埼玉県は、すでに電子カルテシステムなどで実績のある東京大学大学院情報理工学研究科教授で、理化学研究所でも分散型ビッグデータチームでチームリーダーを務める橋田浩一教授の協力を得て、独自のeポートフォリオで取り貯めた生徒の学習歴等を校務支援システムにデータ連携する仕組みを検討、本年度中の実証実験を経て、2019年度からの運用を目指す。大きな特徴はデータポータビリティと安全性を同時に満足させる点。その概要と将来展望について、8月末の記者発表での橋田教授の説明を元に再構成する。
埼玉県は1993年の業者テストの廃止や、2000年に始まる県立浦和高校と埼玉大学による高大連携事業で高校教育改革の先鞭をつけたことで知られるが、今回も全国の自治体として初めて、高大接続改革でも関心の高いeポートフォリオを活用した調査書作成に向けた取組をスタートさせる。

 

①eポートフォリオ運用に求められるすべての要件を満たす

一般的にeポートフォリオ運用の要件として考えられるのは、以下の4点。
①データポータビリティ
②eポートフォリオと成績や出欠を記録した校務系システムとの連携
③校外から校内の情報システムへの不正アクセスの防止
④生徒による校務系システムへの不正アクセスの防止
③④は、文部科学省が策定した「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」(2017年10月)に示されたものだ。
 
 データビリティとは、パーソナルデータ(個人情報)をデータ主体本人が、管理者(例えば学校や病院などの事業者)から電子的に取得し、元の管理者に邪魔されずに、それを自分の意志で他者に開示するなど、自由に活用できることであり、そのためにPDS(Personal Data Store)とeポートフォリオとの連携が必要となる。その上で、教員がeポートフォリオの情報を取り込み、各生徒の調査書を校務系システムで作るため、eポートフォリオと校務系システムとを連携させる(②)ことが不可欠となる。その際の課題が③と④で、それをどう克服するかが、これまで大きな問題とされてきた。

 この度、橋田教授と埼玉県は、PDSとして橋田先生の開発したPLR(Personal Life Repository)を用いることで、この課題を一挙に解決する。PLRは分散PDSの一種であり、橋田先生が設立に関わったアセンブローグ社がその知財権を持つ。ほとんどのPDSが集中管理によってデータを共有するのに対し、PLRでは、データの管理者をデータ主体である本人だけにすることで、他者から介入されることなく、いろいろな他者とPLRクラウド経由で自由にデータを共有できる。しかも第三者は明示的な本人同意なしでデータにアクセスできないため、全員のデータがまとまって漏れることはない。さらにDRM(デジタル著作権管理者:Digital Rights Management)、つまりデータの暗号化とアプリの機能制限によって、利用者(個人と事業者)の過失による情報漏洩が防げるだけでなく、生徒が内申書等のデータを持っていても生徒自身にはその中味がわからないというようなことも可能だ。

 具体的には、eポートフォリオのシステムが校外にある場合(ケース1)、校務系システムを校内でPLRとつなぎ、PLRクラウドを経て生徒のPLRとつなぐ。一方、eポートフォリオのシステムが校内にある場合(ケース2)には、それを校務系システムと同様に校内でPLRとつなぎ、それを生徒のPLRとPLRクラウドを経由してつなぐ。いずれのケースでも、学校の外部との接続を校内のPLRによる内から外への接続に限定すれば(データの流れは双方向)、校内の情報システムに校外からアクセスすることはない。また、校務系システムからPLRクラウドに送るデータを、生徒の成績表など、本人に提供可能なものに限れば、生徒が校務系のデータに不正にアクセスすることはできない。

 PLRクラウドには様々な無料のオンラインストレージが使えるから、利用者数が膨大になってもコストがほとんどかからない。オンラインストレージの多くは通信路を暗号化するので、安全性がさらに高まる。

 橋田教授は、「校外から校内の情報システムへのアクセスができないようにしつつ、校内の情報システムと連携できるPDSは、PLRしか現存しないと考える」とした上で、「無料のオンラインストレージをPLRクラウドに用いることで、利用者がたとえ何億人いてもアプリの保守コストだけでサービス全体を運用でき、きわめて安価」と話す。

 

②EdTeckや HRTeck、「スタディ・ログ」構想にもつなげたい

 eポートフォリオを学習系システムに一般化すれば、教育の新しい手法や、これまでになかったアプローチのための基盤としての期待が膨らむ。生徒が自宅など校外から学習系システムのデータにアクセスできれば、学習系システムからPLRで取得したデータを、同じくPLRで校務系システムに提供することで、校務系と学習系のデータを安全に連携、統合することも可能だ。この概念は、文部科学省が生涯学習時代を見据え、国民一人ひとりが自ら学修履歴を活用できるようにしようという「スタディ・ログ」構想にもつながる。また学びのビッグデータの収集・分析が可能になれば、EdTeck(教育(Education)×テクノロジー(Technology))やHRTeck(“HR(Human Resource)× Technology)の振興につながり、一人ひとりの教育の質をこれまでになく高めることができるだろう。もちろん、学習者本人が成績等を自ら管理して自らの意思で活用すれば、民間の教育サービス事業者からもそのデータを用いたこれまでにないきめ細かなサービスが受けられる。

 広がりは教育分野だけに止まらない。近い将来、母子手帳や健康診断などの医療・健康情報、および購買履歴などと統合して管理、活用できるようになれば、各人の総合的な生活の質の向上と、産業や文化の振興にもつながると期待される。

 

橋田 浩一先生
東京大学大学院 情報理工学系研究科
ソーシャルICT研究センター 教授
理化学研究所 革新知能総合研究センター
分散型ビックデータチーム チームリーダー

 

大学ジャーナルオンライン編集部

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