青山学院大学では、2027年4月に「統計データサイエンス学環」を新設しようと準備を進めている。データサイエンス系の学部学科はすでに全国に見られるが、なぜ今、青山学院大学が既存の学部を巻き込み取り組もうとしているのだろうか。開設の経緯や目的、学びの特色などを、新学環開設準備室長の荒木万寿夫教授に伺った。

“今さら”ではなく“今こそ”データサイエンスを
統計データサイエンス学環では、その名の通り統計学とデータサイエンスを組み合わせた学びを展開していく。しかしデータサイエンスを専門とする学部学科は全国各地に設置され、それほど珍しいものではなくなっている。それでも荒木教授は、「私たちは“今さら”ではなく“今こそ”データサイエンスを扱うのだ、という気概を持っています」と自信を見せた。
「2022年以降、さまざまな場面で生成AIが身近になり、社会の環境やみなさんの捉え方も変わってきたと思います。データ分析も、定型的な処理なら生成AIでできてしまう。そのためデータサイエンスを勉強しなければ、といった気持ちは薄れてきたかもしれません。
しかし、生成AIが学習しているのは、基本的にその時点までに集められた”過去”の情報です。一方で世の中は日々動き、変化の速度はどんどん増しています。いち早く”現在”の情勢を捉え、目的や価値に照らして判断をくだし、”将来”の意志決定に責任を負うことは人間にしかできません。この力の大切さは、むしろ生成AIの登場以降際立っています。」
将来を見通した意志決定をするためには、現状を分析し、課題を見つける力も必要だ。こうした能力を身につけるうえで、統計学やデータサイエンスは最適だという。また、真偽のわからない情報があふれている現代社会だからこそ、これらの学問が判断の支えになると荒木教授は語った。
「SNSやニュースなどで出てくる情報のなかには、誰かの意図によって組み立てられた、客観性のないものもあるでしょう。「その主張はデータから妥当と言えるか」「結論が飛躍していないか」を見極める力をつけるには、統計学を学ぶことが役に立つと思います。」
データサイエンス系学部には、文理融合型のカリキュラムを採用しているところも多いが、青山学院大学の統計データサイエンス学環は、青山キャンパス初の理系の学士課程として開設される。
「機械学習やAIはとくに変化が早く、大学で学んだ内容がずっと通用するわけではありません。大学卒業後も最新の技術をキャッチアップするためには、土台となる数学の理解が欠かせません。本学環は理系のため、ぜひ数学を積極的に勉強してほしいと思います。」

学部にできないことも、学環ならできる
統計データサイエンス学環は、青山学院大学の既存5学部(教育人間科学部、経済学部、法学部、経営学部、理工学部)が連係して運営していく。さまざまな角度からデータサイエンスを扱うことで、応用の幅の広さに対応することが可能だ。しかし学環というスタイルを採用した背景には、もっと重要な目的がある。
「社会の変化は非常に激しく、不確実性が増しています。そのため、最新の論点を踏まえた授業を展開しやすくなるよう“学環”という形式をとりました。例えば、「生成AIと著作権」などの授業で、法律の専門家が教えた場合、その迫力によって学びの質だけでなく、学生の理解度も格段と上がることが期待できます。カリキュラムに活発な新陳代謝を促すには、各専門分野の目利きが新鮮な学習素材を仕入れ、教えるべき内容をプロの視点で吟味し続けることが理想的です。リアルな内容をリアルタイムで伝えていければと考えています。」
1学年60名という少人数制も強みだ。統計学やデータサイエンスでは、座学だけでなく実践経験を積むことも求められる。在学中に十分な経験を積ませるためにも、60名は最適な人数だという。
「たとえば医学部生は大学病院で必要な臨床経験を積んでから、医療の現場に出て行きます。なかには教科書通りにいかないケースや、現実の厳しさに直面することもあるでしょう。そして挫折や失敗からも学びを得て、成長していきます。データサイエンスの学びにもこれと似たプロセスが必要です。そのため本学環では、教員が実際にデータ分析をしている姿を見せ、試行錯誤を繰り返すプロセスも共有しながら指導します。
青山キャンパス周辺はBIT VALLEYと呼ばれており、IT系企業をはじめ、さまざまな業種のリーディングカンパニーが多い地域です。この地の利を活かせば、学生を共同研究に参加させて実際の現場を経験させることもできるでしょう。」
社会との接点のひとつとして設立を予定しているのが、統計データサイエンス研究教育センターだ。キャンパス周辺のIT系企業とも積極的に共同研究を行い、データサイエンス研究の最前線として機能させていく。
「センターは教育の場としても活用します。学生たちには、教員の姿から実データを扱うときの暗黙知を学んでもらったり、研究の一員として参加してもらったりします。共同研究をしている企業の方にその姿勢が評価されれば、学生の卒業後の進路にもつながるのではないかと期待しています。」
基礎から応用まで、着実なステップアップをめざす
カリキュラムは、4年間かけてデータサイエンスの基礎、応用、実践を段階的にこなせるよう計画中だ。
たとえば1、2年次には数学や統計の基礎に加え、「基礎ゼミナール」を行う。専門知識を身につけるために必要な論理的な思考方法をしっかりと実践しながら身につけるためだ。統計解析や機械学習の方法、さらにプログラミングも学んでいく。

3年次からは「統計データサイエンス演習」を実施。実課題を設定し、研究手法の選定やデータの解釈、分析結果を伝える力などを磨く。企業との共同研究にも参加する予定だ。
「データが一部欠損している、感染症の流行や災害、社会情勢の変化などの影響で従来とはまったく違った傾向が出てしまう、といった実データ特有の問題はデータサイエンスの現場では珍しくありません。そうした場面をプロはどう解決していくのか、『どう捉え、どんな手順で対応し、検証するか』などを、間近で体験してほしいと考えています。そのうえで自分の学んできたことがどれだけ役に立つのかを点検したり、足りない部分を見つけて勉強したりしてほしいです。」
データサイエンスのための英語教育にも力を入れる。しかし目指すのは、正確な文法で流ちょうに話すことより、専門的な内容を正確に理解し、簡潔に伝え、議論できる英語力の獲得だ。学術論文や技術文書を読み解く力に加え、国際的なチームの中でも円滑にコミュニケーションできる力を身につける。
「データサイエンスと聞くと、ひとりで黙々と分析に取り組むイメージがあるかもしれません。しかし実際には海外の方も含めてチームで取り組む現場が多くあります。だからこそ本学環では、コミュニケーションをとりながらプロジェクトを進めるための英語力を養います。」
困りごとを解決できる“サーバント・リーダー”になってほしい
卒業後に想定される進路はIT関連企業だけに留まらない。連係している5学部に関連した進路など、社会の至るところで統計学やデータサイエンスの力を活かせるだろう。
「データサイエンスは、データを使って課題を解決する学問です。その課題は、自分の内側だけではなく、誰かが困っている場面にこそ多くあるでしょう。困っている人がいたらデータサイエンスの知見を活かして助け、喜んでもらえたらもっと頑張りたくなるはずです。学びを活かして人に仕えながら社会に貢献する“サーバント・リーダー”※になってほしいですね。」
※サーバント・リーダーとは、「自由で自立した存在として、他者に仕えるとともに、互いの価値を見出し、それを他の価値とつなぐことによって新しい時代を創造する者」
問いを立て、データを適切に分析し、将来に向かって意志決定をする力が身につく統計データサイエンス学環。意外にも、「根拠に基づいて発言したり行動したりするのが苦手な人」にこそ挑戦して欲しいのだという。
「自分は思いつきで動くことが多いな、と感じていたら大学で統計学やデータサイエンスを学んでほしいです。在学中ならたとえ判断を間違えても、その立て直し方を学ぶことができます。元の軌道に戻す復元力もこれからの時代には必要だと思います。」
最後に荒木教授は、高校生の保護者に向けてメッセージを送った。
「AIに奪われない仕事、そして生きる力に直結するような学びをしてほしいと考えていたら、選択肢のひとつとして本学環を念頭に置いていただけるとありがたいです。現在の情勢を正しくデータで把握し、分析をして次にすべきことを考える力は仕事だけでなく、人生にも活かせます。また、経験豊富で教育熱心な教員とスタッフが伴走しますので、『うちの子はついていけるのだろうか』と心配されている方もご安心ください。」

青山学院大学 新学環開設準備室長
荒木 万寿夫(あらき ますお)
青山学院大学大学院経済学研究科 経済学専攻 博士後期課程標準年限満了退学。青山学院大学 修士(経済学)。経済企画庁 経済研究所 客員研究員、一橋大学 経済研究所 助手などを経て、1999年から青山学院大学 経営学部 専任講師に着任し、一橋大学 経済研究所 客員准教授(2008年~2010年)などを兼任。2010年から青山学院大学 経営学部 経営学科 教授に就任し、現在に至る。専門分野は、経済統計学、情報教育。
