東京大学大学院公共政策学連携研究部の川口大司教授・渡辺安虎教授・重岡仁教授、横浜国立大学大学院国際社会科学研究院の金澤匡剛講師らの研究グループは、人工知能(AI)がタクシー運転手の生産性に与える影響について詳細な乗務データを分析した。その結果、AIは平均的に運転手の生産性を向上させ、特に低スキル運転手に対して大きな効果があることを明らかにした。

 AIの急速な進歩と普及により、労働市場への影響が注目されている。従来の研究では、職業ごとに必要な作業(タスク)を定義し、AI導入による代替のしやすさを分析することで、どの職業が特に影響を受けやすいかが明らかにされてきた。その結果、高所得・高技能の職業ほどAIの影響を強く受けることが分かっている。これは、ITやロボットが低所得・低技能職のタスクを置き換え賃金格差を拡大してきた従来の傾向とは異なり、AIの普及が職種間の賃金格差を縮小させる可能性を示している。

 一方、同じ職業内でも技能や賃金には大きな差がある。AI導入が労働市場全体の賃金格差にどう影響するかを明らかにするには、同一職業内で技能レベルごとにAIの効果を分析する必要があるが、これまで個別労働者のAI利用データが不足していたため、十分な研究はなされてこなかった。

 本研究では、株式会社Mobility Technologies(現:GO株式会社)が開発した需要予測AI「お客様探索ナビ」を使い、タクシー乗務員の総労働時間の中で大きな割合を占める「空車時間」の長さを生産性の指標としてGO株式会社から提供された匿名化された各ドライバーの空車走行履歴のミクロデータを分析した。

 その結果、「お客様探索ナビ」をオンにすると空車時間が平均して約5%短縮されることが明らかになった。さらに、ナビ導入前の空車履歴から各乗務員の技能レベルを定義し、技能ごとに効果を分析したところ、高スキル乗務員の生産性向上には有意な影響が見られない一方で、低スキル乗務員の生産性を7%ほど改善し、結果として両者の生産性の差を13.4%ほど縮めた。これにより、AI技術の導入は技能の低い労働者の生産性向上に顕著な効果をもたらすことが示された。

 従来、ITやロボット技術は低スキル労働者の仕事を奪い、所得格差の拡大をもたらすとされてきたが、今回の研究結果は、AIが低スキル労働者の生産性を向上させることで、労働市場全体の賃金格差を是正する可能性があることを示唆している。研究グループは、タクシー以外の職場でも同様の効果が期待できると考えている。

論文情報:【Management Science】AI, Skill, and Productivity: The Case of Taxi Drivers

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