
年々、現役で合格する学生が増えている。総合型、学校推薦型の選抜方法が広まったことが大きい。2000年と2023年の選抜方法別入学者数は次のように推移している。
◆一般選抜(一般入試)
2000年 38万9851人 65.8%
2023年 29万9050人 47.9%
◆学校推薦型選抜+総合型選抜(推薦入試+AO入試)
2000年 19万6200人 33.1%
2023年 31万6866人 50.7%
(文部科学省資料から作成。その他の選抜方法を除く。学校推薦型選抜、総合型選抜は浪人生が対象となる大学はあるが、現役が圧倒的に多い)
浪人減少は、①現役で入学しやすい学校推薦型選抜、総合型選抜が普及、②家計が厳しいといった経済的な理由、③浪人で時間をロスしてしまい生涯賃金に不安、が主たる要因となっている。それに加えて、高校生の受験に対する考え方、大学への見方の変化も見逃すことはできない。「早稲田をめざすならば浪人は当たり前」「何年かかっても慶應」という、人気の難関ブランド大学にこだわる受験生は少なくなったことだ。
しかし、ある大学学部に強いこだわりを持っている方々がいる。
東京大学理科三類だ(理三)。
入試でもっとも難易度が高いことは衆目の一致するところであろう。予備校の模試ではもっとも高い偏差値がつき、東京大学の科類別合格最低点では理科一類と二類を引き離している。日本で一番の天才、秀才が集まっているところといえる。理三合格者およそ30人の手記をまとめた本が毎年、出ている。 『東大理三 天才たちのメッセージ』だ(2024年までデータハウス。2025年から笠間書院が刊行)。
2017年版から2025年まで9年分の理三合格者のプロフィールを見ると、大学に在学しながら受験する、いわゆる仮面浪人が必ずいる。前掲書から、理三合格者の入学年、在籍していた大学をまとめた。
2017年 A 東京大理科二類
2018年 B 慶應義塾大医学部
2019年 C 一橋大経済学部、D 東京医科歯科大医学部
2020年 E 千葉大医学部退学
2021年 F 山梨大医学部
2023年 G 東京大法学部、H 東京大理科二類
2024年 I 山梨大医学部、J 山梨大医学部
2025年 K 奈良県立医科大医学部、L 東京大工学部、M 一橋大経済学部
(医学部は全員医学科)
これら合格体験記から、理三再受験の理由、背景を次のようにまとめることができる。
① 医学部以外の学部(東京大理科一類、理科二類などを含む)に在籍していたが、社会に向き合い知見を広げていくなかで医師、医学研究者になりたいと思った。
② 医学部志望で当初、理三は考えていなかった。入学した大学医学部が自分に合わず、再受験なら最難関の理三を考えた。
③ 理三不合格で他大学医学部に進んだが、教育、研究環境が十分でないと感じた。
④ 理三受験の準備が十分ではなかったので、理三を受けず東京大の他類、あるいは他大学の医学部に進んだ。
⑤ センター試験、共通テストの点数が低かったので理三受験を断念し、東京大の他類、あるいは他大学の医学部に進んだ。
⑥ センター試験、共通テストの点数が低く理二に入学し、進学振り分けで東大医学部に進むことを考えたが、こちらのほうが難関だと思い、理三再受験を考えた。
⑦ 理三を強く志望したが不合格となり、はじめから仮面浪人になるつもりで計画的に他大学(医学部とは限らない)に進んだ。
⑧ 自分よりも勉強ができなかった同級生が理三に入った。他大学に進んだが悔しくて理三を受けた。
⑨ 国内最難関の理三にチャレンジして自分の頭の良さを証明したい。
2024年の理三合格者に山梨大医学部在籍者4人が含まれていたという話がSNSで話題になった。当事者に確認したところ、間違いないようだ。そのうちの2人、Iさん、Jさんはこう綴る。
「山梨大学で2年間学んだことは大きかったです。例えば、ご献体の解剖までやったので、もう1回やったらさらに得られるものがあると思います」
(『東大理三天才たちのメッセージ』 2024版)
「面接で山梨大と東大は何が違うのか聞かれたので、東大のほうが国の制度作りにより関われるので東大の力を借りて自分もそういった仕事をしたいと答えました」
(『東大理三天才たちのメッセージ』 2024版)
東京大工学部で学んだLさんはこう話している。
「工学部の研究より医学のほうが「人の命を救う」という目的意識と、学問としての興味がつながっているので、自分は勉強に打ち込めるだろうと考え、医学部に入り直したいと始めました」
(『東大理三天才たちのメッセージ』2025年版)
また、同年、一橋大に在学していたMさんが記している。はじめから理三狙いでなかなかの「確信犯」だ。
「文系の一橋を選んだのは、理系大学より課題の負担が少なく、受験に与える影響が少ないと考えたからです。理系大学は実験や実習などで拘束時間が長期化する傾向が強く、仮面浪人する環境に向いていません」
(『東大理三天才たちのメッセージ』2025年版)
仮面浪人を経て最難関の理三合格に対して、「最高点を競い合うゲーム感覚で理三に挑んでいる。だから創造性に乏しく東大医学部からノーベル賞受賞者は出てこない」という批判がある。こうした側面はあるが、理三は仮面浪人のおかげでさまざまな経験を持った人が入学し多様性に富んでいるともいえる。
2025年理三入学者には東京大文学部卒業後、教育関連の会社でサラリーマンをしていた30代半ばの方もいる。一方で、これまで東京大医学部医学科卒業生のなかには医学の道に進まず、国会議員、外交官、市長、知事、弁護士、経済学者、数学者、哲学者、予備校講師外資系コンサルタント、映画プロデューサー、生成AI研究者、宇宙飛行士になった方々もいる。日本一の天才、秀才が集まる理三は難易度が高い京都大医学部、大阪大医学部、東京科学大医学部、慶應義塾大医学部に比べ、多様な人材を多く送り出している。なかなかおもしろい。「理三こだわり仮面浪人」を含めてポジティブに見てもいいのではないか。
教育ジャーナリスト
小林 哲夫さん
1960年神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト。朝日新聞出版「大学ランキング」編集者(1994年~)。近著に『日本の「学歴」』(朝日新聞出版 橘木俊詔氏との共著)
