東京大学総合研究博物館の吉村太郎博士は、軟体動物の学名の語源と著者データを統合的に解析し、本来「科学の中立的な公用語」とされるはずの学名が、西欧の古典教育や学術的権威付けの影響を強く受けていることを世界で初めて定量的に示した。
学名は全世界共通の生物特定のための客観的なツールとされる。しかし、古典語(古典ギリシア語・ラテン語)の選択がどのような歴史的・社会的背景に基づいているかを定量的に分析した例はこれまでほとんどなかった。
今回の研究では、18世紀から現在までに命名された軟体動物の科名のうち、現在有効な773科を対象に、語源の徹底的な調査を実施した。
分析の結果、ラテン語(26.1%)に対して古典ギリシア語(71.8%)が圧倒的に優位であり、この傾向は19世紀後半に急増した後、言語的極相(標準的な慣習としての固定化状態)として定着したことが示された。
この嗜好は著者の出自と統計的に関連しており、英国やドイツの研究者は、フランス、イタリア、あるいは米国の研究者に比べて古典ギリシア語の語根を採用する傾向が有意に高いことが明らかになった。さらに、命名慣行には特有の社会学的バイアスも見られ、自国の研究者らを優先して称える同質嗜好性(命名における「身内びいき」的なバイアス)が強いことが判明した。
今回の研究により、19 世紀後半に古典ギリシア語由来の学名が急増し、「分類学的ギリシア主義」とも呼べる支配的状態に達したことが判明した。学名が単なる中立的な符号ではなく、欧州中心主義、古典教育、さらには「自国民を優先して称える」といった社会的なネットワークに深く影響されている実態が浮き彫りになったとしている。
