2025年11月8日、東京経済大学国分寺キャンパスにて、「環境化するAIとコミュニケーション学の未来」をテーマに、コミュニケーション学部開設30周年記念シンポジウムが開催された。コミュニケーション学部長の佐々木裕一教授、同学部の柴内康文教授、そして東京大学名誉教授の西垣通氏が講演やパネルディスカッションに登壇した。三者三様の視点でAIと人間の関わりに向き合った、シンポジウムの様子をお伝えする。

 

シンポジウムのテーマは「AIと人間の共存」

 本シンポジウムは、1995年に開設された東京経済大学コミュニケーション学部の30周年を記念したもの。まずは開会に際して、記念シンポジウム実行委員長を務める、コミュニケーション学部の光岡寿郎教授が開催経緯やテーマ選定の意図を説明した。

 光岡教授は1995年以降の30年間で、コミュニケーションを取り巻く環境が大きく変化した点に注目。技術の進歩やSNSなどによりコミュニケーションの空間が広がったと述べた。そのためコミュニケーション学部も2022年度から「メディア社会学科」「国際コミュニケーション学科」の2学科体制に移行。グローバルな視点も取り入れながら、時代の変化に対応している。

 そんなコミュニケーション学部が次の10年を見据えて掘り下げる必要性を感じているのが、AIと人間の共存における課題だ。「技術と社会を取り巻くこれまでの歩みを振り返りつつ、AIと人間の関係性を見直す機会にしたい」と、光岡教授は語った。

30年間でメディアと人間に起きた変化

 最初の講演は、コミュニケーション学部長 佐々木裕一教授による「メディア技術と人間の30年」。学部が開設された年であり、Windows95が発売され「インターネット元年」と呼ばれた1995年を起点に、30年間の技術とコミュニケーションの変化を解説した。

 佐々木教授がとくに注目したのは、情報の発信者が広まったことと、コンテンツ制作のコストが下がったことだ。

 インターネットが登場した当初は、文章の執筆を趣味とする人や、発信に長けた人だけが意見を掲載していた。しかしインターネットやSNSの普及により、発信される情報の内容や使い手に変化が起きる。なかでもSNSに導入された「リツイート」や「いいね」といった拡散機能は大きな影響を与えた。他者の発信をコピーして拡散できるようになったため、自身でコンテンツを制作しなくても情報発信ができる時代になったのだ。

 コンテンツ制作の低コスト化や拡散機能により、慢性的な情報過多状態になったことが問題と指摘した佐々木教授。拡散や閲覧をする情報の内容に対してじっくり考える時間が減った点も課題として指摘していた。

 講演の最後、佐々木教授は「コンテンツを読み書きする力や、メディア技術とデバイス特性の理解など、多くの能力が必要な難しい時代になった」と言及。だからこそ、これからのコミュニケーション学部がどう変化していくのかも注視する必要があると感じていた。

生成AIに人は心を動かされるのか?

 続いてはコミュニケーション学部の柴内康文教授が「生成AIの発展とコミュニケーションの変容」と題した講演を行った。

 柴内教授はまず1995年から30年間の技術の変化を簡単に述べ、「とくにここ3年間は生成AIが席巻していた」と解説した。もともとはプログラムを書ける専門家たちに使用されていた生成AIだったが、2022年のChatGPTの登場を皮切りに一般層も気軽に使えるようになったと振り返った。

 柴内教授が興味深い事例として挙げたのが、ChatGPTとの会話に心を動かされた人間のエピソード。人間に共感しているように思えるAIの返答が、随所に見られるそうだ。

 なぜ人々はChatGPTの反応に心を動かされたのか。その疑問に対処するため、柴内教授は現在の生成AI技術を紹介した。生成AIはあるべき言葉を的確に出せるようトレーニングされており、人間が共感したかどうかといった反応も、学習材料のひとつになっているそうだ。

 生成AIにロジカルな反応をさせるべきか、人間に寄り添っているように見える感情的な反応にさせるべきか、ユーザーや技術者たちの間では議論が巻き起こっている。ロジックと感情のバランスをどうとるかといった開発の方向性や、人々の生成AIの使い方によってコミュニケーションも変化するだろうと、講演を締めくくった。

機械が処理する情報と、人にしか生み出せない情報の違い

 続いては東京大学名誉教授であり、AI研究の第一人者でもある西垣通氏が登壇。「AI時代のコミュニケーションを基礎情報学から考える」というタイトルで講演を行った。

 西垣氏はコンピュータの研究開発に携わった後、情報概念を捉え直す必要性を感じて文系分野も学んだ異色の経歴の持ち主だ。文理を融合させた基礎情報学の提唱者でもある。

 そんな西垣氏は生成AIを肯定的に捉えている日本社会と、危機感を抱いている欧州を比較。両者のスタンスの違いには、科学技術に対する歴史が関係していると解説した。しかも「機械がヒトの知性をしのぐのではないか」という考え方は2000年前から存在したという。現代の西洋ではこの考えに対して、「知とは本来、生物が生きるためのものであり、機械にはない」と反論が生まれている。

 講演の後半、西垣氏は人間と機械の違いについても述べた。人間は身体活動や情動にもとづいて、自分なりの解釈で世界を創造している。一方で機械は効率を追求しており、過去のデータを高速処理しているにすぎない。そのためデータがない事態には対処不可能だ。生成AIも本当の意味での創造は困難だからこそ、人間の身体から生み出される情報を大切にすべきだと、西垣氏は語った。

 課題がある一方で、生成AIも使い方によっては便利な側面があると、技術そのものは肯定。だからこそ生成AIを取り巻く環境がどう形作られてきたのかを知り、そのうえでひとりひとりの人間を大切にする教育をすべきではと提案した。

生成AIに対抗できる“本当の知”を養うために

 シンポジウムのラストを飾ったのは、3名の教授陣によるパネルディスカッションだ。佐々木教授、柴内教授、西垣氏がAIと人間の関係について意見を述べるほか、来場者からの質問に回答した。

 最初の論点は「機械が人間の感情的な部分を作れるか」。西垣氏は「AIは人間の心の代替にはならない」と反論した。なぜならAIが人と同じ感覚を持てるようにはならないからだ。

 また「AIが行っているのは統計的な分析にすぎない」と言及。たとえば「幸福とは何か」という問いに対しても、統計データをもとにした回答しかできない。しかし人間に同じ質問をすると、回答はひとりひとり異なる。なかには少数派の意見もあるが、それも幸福の形のひとつだ。統計データではないひとりひとりの幸せを理解することが「本当の知」であり、その力を養うためにも視野を広く持つことが大切だと、西垣氏は述べた。

 来場者から寄せられた質問に回答する場面も。「AIと人間の共存の形はどうなると思うか?」との問いに対して、柴内教授は「共存に必要なリテラシーを身につけるために何ができるか、日々模索しながら取り組んでいく」と今後の展望を述べた。

 佐々木教授は「人間とAIは共在していても、共存はできていないのではないか」と指摘。生成AIは深い知識がなくても多くの人が使えるようになったため、生み出されるものの質が全体的に下がっていきそうだと悲観した。

 西垣氏は「AIには便利な側面があるため使ってもいいが、自分の生き方は自分で決めるべきだ」と回答。科学技術の発展によって人類が辿った歴史をしっかりと学び、恐怖心を抱いたうえでAIに向き合うことが重要だと語った。

 AIと人間の関係性、そしてコミュニケーションに与えた変化などについて多様な意見が飛び交った約3時間のシンポジウム。これからのコミュニケーション学部が向き合うべき、未来の社会課題も垣間見えるイベントとなった。

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