「なぜあの物語は人を魅了するのか」「なぜ特定のメイク・ファッションが若者に支持されるのか」──人の感覚や時の流行に大きく左右されるさまざまな文化現象を、データとして分析する研究がある。それがデジタル・ヒューマニティーズだ。
文化・芸術・歴史・言語といった人文学の対象を、デジタル技術で記録し、その構造や法則を抽出・分析することで、これまで見えなかった人と社会が生み出す営みの姿が立ち上がってくる。
さまざまな分野に新しい仮説をもたらすだけでなく、教育・地域振興・創作活動にも広がりを持つこの領域は、今まさに”黎明期”と言える。デジタル・ヒューマニティーズの可能性と社会への影響について、同志社大学 文化情報学部 人文情報学研究室の河瀬 彰宏先生にお話をうかがった。
人々の感覚や経験で培われてきた知見に、“数値的裏づけ”を与え、見つめ直す
「デジタル・ヒューマニティーズと既存の研究手法との大きな違いは、感覚や経験に依拠してきた議論に“数値的な裏づけ”を与えられる点にあります。たとえば音楽理論では、長い歴史の中で『この和音の進行は美しい』と経験則的に語られてきました。しかしその実態は、データを取らないと確かめられない。膨大な楽譜や演奏記録を統計的に処理することで、直感で積み上げられてきた理論を検証したり、新しいパターンを見つけたりすることができるのです」
従来の研究はどうしても人の手に依存するため、取り上げる対象の事例・視点の数に限界がある。デジタル技術を用いることで、より多様で大規模な資料を一度に扱うことが可能となり、そこから統計的に有意な傾向を抽出できるようになる。
「もちろん、研究には人間ならではの直感や洞察が欠かせません。また、データで導き出した結果はあくまで『仮説』に過ぎず、それが正解かどうかは分かりません。しかし、データを活用することで議論の土台がより客観的で透明になります。既存の理論を補強するだけでなく、思いもよらなかった新しい仮説を提示できる──これがデジタル・ヒューマニティーズの強みだと考えています」

文化現象の背後にある価値観や社会構造を可視化する
「私が現在取り組んでいる研究テーマは大きく分けて三つあります。一つ目は『メイクアップ』です。どのアイテムをどの順番で、どの部位に使うのかというプロセスに注目しています。韓国風メイクやギャル系メイクの違いも、使用の順序や強調する部位の差としてデータに現れます。感覚的に語られてきた流行の特徴を数値化することで、『文化としての化粧の姿』がより明確になっていきます」
化粧の手順をデータとして整理することで、世代や地域ごとの美意識の違いを客観的に比較することができる。文化的な流行を単なる印象論ではなく、社会的背景と結びつけて理解する道を開く研究である。
「二つ目は『物語』です。漫才を対象に、M-1グランプリのネタを数年分データ化し、プロット(筋立て)を分析しました。その結果、ボケを連続させるコンビは評価が下がりやすく、逆にツッコミの頻度が高いコンビは高評価につながる傾向が見えてきました。人を笑わせる物語の構造を、データから浮かび上がらせようとしています」
物語の展開を数値として扱うことで、人々が「どのような流れを心地よいと感じるのか」を探ることができる。さらに「何に対して人は笑うのか」は、その時代の社会状況や価値観とも結びついており、笑いの研究は文化を映す鏡としての可能性を持つ。
「三つ目は『文化資本』です。フランスの社会学者ピエール・ブルデューが提唱した概念で、人がどんな教育を受け、どんな趣味や文化的経験を持っているかが社会的な立場や価値に影響するという考え方です。私はこれを日本社会に当てはめ、どのような結果が見えてくるのかを調べています」
また、学生の関心を出発点に、共にテーマを設定して研究することも多いと河瀬先生は言う。
「たとえば、かつて射撃競技で優れた成績を収めた女子学生がいました。彼女が抱いた疑問は『女子マネージャー』という存在はいったい何なのか、というものでした。女子マネージャーの役割を担う人と女子選手の役割を担う人の違いを、文化資本の観点から分析してみようとしたのです。服装や趣味、家庭環境などと女子マネージャーという立場との関連を探った結果、当たり前に存在していると思われた役割の背景に、価値観や社会的条件が影響していることが見えてきました」
身近な存在を題材とすることで、社会における「当たり前」が特定の文化的背景や無意識の価値観に支えられていることに気づくことができる。デジタル・ヒューマニティーズを用いることで、そうした関係性を大規模なデータから抽出し、可視化することが可能となり、従来の人文学では見えにくかった社会の構造や価値観の偏りを明らかにしてくれる。
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