データが異分野をつなぐ“共通言語”になる
デジタル・ヒューマニティーズの強みは、「さまざまな専門知を融合できること」も大きな特長だ。
データという“共通言語”があるからこそ、人文学と情報科学の協働はもちろん、教育学、社会学、さらには芸術表現や産業の領域にまで広がり、多様な知が交じり合う。その結果、新しい知見やアイデアの芽が生まれ、従来の学問領域の枠を超えた展開が可能になっている。
「私が所属する文化情報学部でも、教員同士のデジタル・ヒューマニティーズを活用したコラボレーションが活発に行われています。たとえば方言地理学の専門家と行った共同研究では、西と東の文化の対立や、その境界がどこにあるかなどを情報として可視化することができました。人々が“なんとなく”感じ取っていた文化や社会の特徴を、データによって輪郭づけることができる。そうすることで、歴史学や社会学など、隣接する分野に新しいアイデアを提供できます。言い換えれば、デジタル・ヒューマニティーズはデータという“共有可能な客観性”を土台に、異分野の知を結びつけるハブとして機能しているのです」
また、文化や芸術がもつ“言語化しづらい価値”を、社会に分かりやすく提示することができるのも、デジタル・ヒューマニティーズの大きな強みだと河瀬先生は語る。
「文化や芸術の価値というのは、しばしば経済的な指標だけでは測れない部分があります。データ化や可視化を行うことで、単なる主観や印象ではなく、さまざまな角度からその価値を客観的に見つめ直し、社会的な意義として提示することができます」
たとえば、とあるマニアックなジャンルを中心とした音楽フェスがあったとする。参加者数や売上だけを見れば規模は大きくないものの、さまざまな人々の助力を得て持続的に開催し続けられている。その要因はなんなのか?
来場者の世代や趣味嗜好、SNS上での反応、地元や自治体との関わりの歴史といった要素をデータとして分析すると、もしかしたら地域文化の継承やコミュニティ形成の場として機能していることが見えてくるかもしれない。経済的指標だけでは表れてこない文化的・社会的な価値を、“数字上の成功”とは異なる形で可視化することができる。
「そうした分析によって見えてくるものは、単なるイベントの盛況ぶりだけではなく、文化や芸術が社会の中でどのような基盤を形成し、人々をつなぎ支えているのかを浮き彫りにします。そうした知見は、教育や産業デザイン、地域振興、文化政策においても活用され得るものだと期待しています」
過去と現在を見つめ直し、未来に種を残す
「忘れてはならないのは、“データが存在するからこそ分析ができる”という点です。いくら優れた方法論があっても、素材となるデータがなければ研究は成立しません。現在は、歴史資料や文学作品、芸術活動の記録といったアナログ資料のデジタル化が世界中で進められており、これまで一部の研究者しか扱えなかった知の蓄積が、広く共有可能な資源へと変わりつつあります」
データを残すことは、過去と現在を検証するためだけでなく、未来の研究や教育にとっても不可欠である。これまで培ってきた社会や文化の営みをデジタル化し、次の世代に引き渡すことで、将来の研究者や市民の新しい発見や表現の糧とすることができる。
「さらに、デジタル・ヒューマニティーズで行われた研究そのものが、多様な分野に“アイデアの種”をまくことになります。データ分析から得られる新しい知見は、教育や社会学、地域政策、文化産業などへ広がり、異なる領域での応用や創造を促していきます。それは現在の社会に貢献するだけでなく、未来においても新たな問いや発想を生み出し続けるはずです」
デジタル・ヒューマニティーズは、単なる人文学と情報科学の協働に留まらず、教育学や社会学、芸術表現や産業といった多様な専門知を結びつけ、アイデアの芽を生み出す場ともなる。そして何より、データやその分析によって得られた新たな知見を未来へ残すこと自体が、次世代の研究や創造を支える基盤となり、人類の営みがもつ多様な価値を正しく理解し、継承していくための力となる。
デジタル・ヒューマニティーズは、いま現在の社会を解き明かすだけでなく、より良い未来をかたちづくるための大切な営みだと言えるだろう。

同志社大学 文化情報学部 准教授
河瀬 彰宏
2011年、東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻博士後期課程修了。統計科学を用いた日本伝統音楽の分析に取り組む。2011年から5年間、古典籍の解析を行う国立国語研究所で研究員を務める。並行して2014年から京都大学で地域研究に従事。2021年より現職。現在は、デジタル・ヒューマニティーズの手法を駆使し、文化解析に焦点を当て、物語、漫才、メイクアップ、文化資本など、様々な文化現象の背後にある構造、意味、変遷を探究。
