ピラミッド型の図を見ると、内容に関わらず「上にあるものほど重要だ」と感じてしまう。枠線のない表でも、脳は自然に行と列を読み取ろうとする。チラシを手に取れば、左上にまず目線がいく。
こうした「脳の無意識のルール」は、私たちの日常にあふれている。食品パッケージのデザイン、映画のポスター、NetflixやYouTubeのサムネイル——それらはすべて、人間の認知の仕組みをふまえて設計されている。食べてしまえば味は同じでも、視覚的な印象が「おいしそう」という期待をつくり出し、食後の満足感にまで影響する。
同志社大学文化情報学部の杉尾武志教授は、こうした人間の認知メカニズムを研究している。「自分が思っているよりも、視覚的な影響は大きい。お菓子のパッケージ一つとっても、食べる前の予測や期待が、その後の評価に影響する」と語る。本の装丁、映画のポスター、プレゼン資料の構成——「なんとなくいい」と感じる感覚の背後には、認知の仕組みが深く関わっているのだ。
文化が変われば、認知も変わる
では、こうした認知の「クセ」は、世界共通なのだろうか。
伝統的な心理学では、「人種・国籍に関わらず、人間の心の働きに大差はない」という前提が長く共有されていた。しかし近年の研究は、その前提を揺るがしつつある。
杉尾教授が例として挙げるのが「ミュラー・リヤー錯視」だ。2本の線分に矢羽根をつけると、同じ長さでも一方が長く見える有名な錯視だが、建物の多い環境で育った文化とそうでない文化とでは、この錯視の受け方に差があることが知られている。直線的な建物が多い環境は、遠近感の手がかりに敏感な認知を育む。つまり、周囲の環境そのものが、ものの見え方を形成しているのだ。
「文化による差異はないだろうと思われていた『ものの見え方や判断の仕方』が、実は文化に強く影響されていると、近年の研究で少しずつ明らかになってきています」と杉尾教授は言う。外国のスーパーの陳列棚の様子を見るだけで「これは日本のスーパーじゃない」とわかるのも、私たちが文化の中で育んだ認知の枠組みを通して世界を見ているからだ。
文化情報学部が「文化」を冠しているのは、まさにこの点にある。人の心の働きを、抽象的な「人間一般」ではなく、具体的な文化の文脈の中で捉え直すことが、この学部の根幹をなしている。
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